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2021-09-06 15:31:00

dive103

 それから10日後、街に降り,あの夫婦が住む大きな屋敷にやって来た。伝統的な四合院の作りで、表門を通り外院(外壁と内壁の間に作られた間。風水的に表門から入った気をここで穏やかにし、収束させるための場所。)に入るとそこには従者が待っており、主人のところまで案内してくれる。従者について行くと豪華で華麗な第二の門、垂花門(すいかもん)が待っている。垂花門とは屋敷の主人の地位や趣味を表すもので美しく精巧な作りをしている。外にひけらかさないことが重要な意味を持つ。軒下の両端にある短い柱の下に蓮の花をあしらってあるので垂花門という。上面には吉祥図案が彫ってある。こんなに豪華な門を見るのは初めてだ。この家の経済力をうかがわせる。奥様やお嬢様は『大門不出,二門不邁』(表門を出ない、二の門を跨がない。)というのがお屋敷の定番。あの時、寺に来たのはよっぽど困っているのだろうということがわかる。門には衝立になる四枚戸がついており、奥まで見通せなくなっている。垂花門をくぐるとようやく中庭に入る。四合院の作りは内院にたどり着くのに中庭を通り抜ける方法と、左右に屋根のある塀が続くのでそこをたどっていく方法がある。中庭には主人が待っており、挨拶もままならないうちに早くしろと言わんばかりに内院に連れて行こうとする。和尚も、僕たちもどんなものが待っているのか緊張しながら奥に進む。扉の前に立つと主人が

「请想办法。我无能为力。」(なんとかしてください。私には手に負えない。)

ふと、僕は庭の花に目をやる。濃い紫に黒い筋が入っている。こんな色の花見たことがない。なぜだか急に気になって。そういえば、なんだかやけに静かだ。僕はなんだか花を見て緊張が解けてしまった。主人に促され、和尚さんが部屋に入ろうと扉に手をかけた瞬間、ガタ、ガタ、ガタガタっと僕たちを拒絶するように震え出した。厳しい顔になった和尚と円信、円仁が阿吽の呼吸で目を合わせて印を結び真言を唱え始める。

「ノウマク・サンマンダーバーザラダン・センダン・マーカロシャーダーソワタヤ・ウンタラ・ターカンマン」

僕は、円信兄に習って知っていたのでこの真言を聞いてすぐに印を結んだ。これは不動明王の真言。怒りの形相で強大なお力を持つ守護尊・不動明王よ、私の迷い・障害を取り払い願いを成就させたまえという意味の言葉。その真言を唱え続けるとガタガタいっていた扉や窓が少しずつおさまっていく。なおも、真言を唱え続けるとビタッと震えが止まった。恐ろしさと緊張で身が縮こまっていたが、ほっとして力が抜ける。だが、間髪を入れずして円信が叫ぶ。

「不要解开标记。不要放松。会来的。」(印を解くな。気を緩めるんじゃない。来るぞ。)

バーーーーン!という音とともに両脇の窓が吹き飛ぶ。僕らの前の扉は印を結んだ和尚が抑えていたが、枠の隙間から何か得体のしれない煙が漏れ広がって来る。和尚が

「哎呀哎呀,哎呀,真麻烦啊」(やれやれ、ちと、厄介じゃのお)

と声を漏らし、扉を開ける。

先ほどの煙で充満した部屋は向こう側に何がいるのか見渡せない。しかし、奥に何かいることはわかる。なぜなら、地を這うような低く、暗く、湿った声、いや唸りと言った方が良いだろう。煙と共に地を這いながらやってくるのだ。娘だと言っていたはずだが、とてもそんな風には聞こえない。両脇の窓が吹き飛ばされ、正面の扉も開け放たれたせいで少しずつ煙が外に出て見通せるようになってきた。なんだこれは!着ている物は確かに娘のものらしいあでやかな色の織物だが、そこから出ているのは、鬼。そう僕の乏しい知識の中では仏典に出てくる鬼以外の言葉が見つからない。黒く太い腕は娘の腕が変形したものだろう、割れた皮膚から滲む血が何ともおぞましい。鎌のように伸びた指の先に刀の刃の光を見せる爪。瞳は真っ黒でどこを見ているのかわからない。先ほどから聞こえる唸りは、煙と共に顎が避けた口から吐かれたものだった。もはや、娘の部分など残してはいない。仏画に書いてある鬼なんて生易しいものではない。腕、頭、背中から垂れる肉片、乾いて固まってしまった血の塊。恐ろしくて、もう見ていられない。さっき円信さんから印を解くなと言われ結んだままだったが、怖くて動けないだけで僕の意思によるものではない。逃げ出したい、だが何だろう。あの鬼、いや魔物の禍々しいまでの力を見て、僕の中の炎が呼応して燃え盛るのを感じ興奮してしまった。

dive104に続く・・・

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