大将のブログ 冒険小説「らーめんダイバー」
dive65
和尚から法力を移植された時に不思議な映像を見た。場所はここ青龍寺だった。しかし和尚は今の和尚ではなく円旺が、いや龍恵が年老いた感じだった。そこにある男とその娘が人探しで来ていたようだった。走り書きで『青龍寺』と書かれた紙を握りしめこの寺に来たと言っていた。娘が病で倒れ、治療薬を探し回っていたが見つからず、ほとほと困っていたそうだ。遠くの町まで探しに行った帰り道、ある食べ物屋の店主夫婦に青緑に輝く薬石をもらい、これを砕いて飲ませたところ、たちどころに娘は回復した。その店主は藍色の衣に湯麵潜師と書かれていた。記憶を頼りに探したが見当たらず、ただ一つの手がかりであるこの紙切れに書かれた『青龍寺』という名前を頼りにここまでやってきた。そしてあの店主に礼を言うために会いたいと言っていた。円旺が娘にここで修行をすることを進めている。娘の両手に十字紋が入っていた。その娘は術を体得し、村に帰りその数代後の子孫たちが救世主と会うことになる。その少年にも両の手に十字紋があった。そしてもう一つこれはまた違う時代、私がいた世界より少し先の話。私が飛んできたのが1993年。2018年冬の平昌オリンピックという文字が見えた。そこで行徳が銀色のスーツに黒いネクタイの男と石について話している姿が。その男はどこかの会社の社長らしく、まさに欲望の塊のように見える。男の会社に黒石の文字が・・・そこで意識を失った。目が覚めた時にはもう和尚は亡くなった後だった。この世界に来て恩人二人を亡くしてしまった。仏の力によってこの世界に飛んできて、皆を助ける役目ではなかったのか。そうだとしたら、もはや私はお払い箱だ。しかしそれでもここにいるのはまだ何かしなければならないからだろう。私の役目とは何だ?悲しみに暮れている龍恵に映像のことについて話す。すると龍恵は、それはもしかしたら、これから起こる未来を見てきたのではないかと言うのだ。私の霊力と和尚の法力が合わさり、和尚が行徳を探す思いと、私が時を渡る思いとがその未来を垣間見させたのではないかと。龍恵は続けて私に行徳を追ってくださいと言った。私に時渡りを行えと言うのだ。もしそれが仏の導きだというのなら、あるいはそれが私の役目だというのなら仕方があるまい。しかし、仏よ、ではなぜ麗華に逢わせた。このまま置いて行けと言うのか。その別れはあまりにも残酷すぎる。もしこのまま麗華を一人残し旅立てば、麗華の頼れるところはもうどこにもないではないか。ようやく笑えるようになったというのに、ひどすぎる・・・遠ざかる解決の道と愛する者を悲しませるやりきれなさに絶望する。いや待てよ。そういえばあの映像の男は『店主夫婦』と言っていたな。もしかしてそれが私と麗華なら・・・まだ可能性はある。龍恵にこのことを聞いてみると、あの書物には複数人で時を渡ったという記録もあるから、あるいはと。和尚の葬儀はその日の夜に行うこととなり、一度、山を下り、急ぎ麗華を迎えにいった。すべての事情を麗華に話すと、目にいっぱい涙を浮かべて、一言
「无论到哪里都和你在一起。」(どこまでもあなたと共に。)と。
その日の夜、寺のある山では悲しみに暮れ、遠吠えにも似た鳴き声と、遥か三千世界の果てまで届けとばかりの読経がやまなかった。
dive66に続く・・・

