大将のブログ 冒険小説「らーめんダイバー」
dive51
藍染めの原料の蓼藍の葉の収穫時期である7月、寺は総動員で刈り取りに当たる。1番刈りを済ませお礼肥えを撒いておくと3番刈りぐらいまでできるという。刈り取った葉は水につけ夏の太陽光に当てると発酵していきそこにアルカリである石灰を加えると生成された藍色素が沈殿していく。上水を捨て残った泥上の藍色素をさらに日に干し切ってサイコロ状にする。藍染め用の藍錠(あいじょう)の出来上がりである。沈殿藍、泥藍ともいうこの方法を使えば年中いつでも染め物ができる。また花の中にできる種には漢方薬にもなり、解毒、解熱の効果がある。寺の収入源の多くを占めるこの作業はキツイ肉体労働だった。刈り取った葉を籠に入れ寺の境内に持っていき甕に水を張ってつける。山から寺への往復、夏の作業は、蒸し風呂のような厨房で毎日働いていた体力自慢の私にとっても重労働だった。終わってからゲラゲラ笑って走り回っている一青を見ていると老化の恐ろしさをつくづく感じる。最近は寺と呵呵の往復でかなり筋力が若いころに戻ったと思っていたのに、スタミナはそうでもないのかと、日本にいた時を思い出し、怠けた生活に反省すらする。しかし、うれしいのは労働後の食事の幸福感が半端ないことだ。やっぱりこれがなくては。ありがたいことに、この寺は寄付も多く食に事欠かない。そんな食事をしていた時、和尚が千道に、明日使いに隣町まで行ってくれと頼んでいた。どうも毎月末日に行っているところらしい。私はもしかして誰かに接触するのではないかと、様子を見守ることにした。このことは、まだ円炎や円静にも話していない。先日、和尚にあの術のことを皆に話していいかと聞いたら、口外してはならないと言われたからだ。説明もできないものを理由に協力をお願いできない。何とか和尚には、呵呵に用事があるということで許可をもらった。
次の日の早朝、寺から下りる山道で千道を待ち伏せた。怪しまれるといけないので籠を背負って、買い出しにでも行くような感じに変装をした。千道が下りてきた。和尚に頼まれたものか、あるいは術の本の写しか、荷物を背負っている。いったい誰に渡すつもりだろう。渡すところを見たら、今度はそいつが何者か探らなければならない。そう思いながら後をつける。街道を歩いていく。人通りが多いうちは目立たないが、あまり近いと気づかれる。町を過ぎるころには目立つので少し遠くから見つめる。今のところだれとも接触はない。峠を過ぎると間もなく隣町に入る。もうすぐお使いに来た問屋に着くというところ、路地から千道の腕を引くものが。あわてて近づき、気づかれないように横目で見ながらゆっくり通り過ぎる。
「师傅・・・」(師匠・・・)
その言葉しか聞き取れなかったが、顔を確認した。顔の右側にやけどの跡と、右目に眼帯をしていた大柄の男、歳は和尚より少し下ぐらいか。少しして千道が出てきた。心なしか背中の荷物が減っているような気がする。男の後をつけようと路地を見たがもう姿はなかった。仕方がないので千道を追う。お使いを済ませた千道の背中に荷物はなくなっていた。帰り道ではだれにも会うことはなかった。寺に帰り、その後数日、千道を見張っていたが、特に動きはなかった。和尚に言うべきか、しかし何の証拠もない。千道が本当にあの本を書き写したということもわからない。聞けば白を切るだろうし、師匠と呼んだあいつも誰だかわからない。そして、もうすぐ月末、今度こそあいつが何者か突き止めなくてはと考えていると、事件は意外なところで起こった。
「蓝生!马上来!哥哥倒下了。」(藍生!すぐ来て!兄さんが倒れたの。)
dive52に続く・・・

