大将のブログ 冒険小説「らーめんダイバー」
dive39
和尚の話を聞き、問題点を整理してみた。まず、だれが邪心の結晶を食べさせたのか、次に誰が良心の結晶を作るのか、そして最後にこれが一番の問題点、だれが潜るのか、だ。この3つの問題を解決しないことには治せないし、元を絶たなければ、この人を治してもまた次々と患者が出てきてしまう。しかし、1つ目に関しては、私には心当たりがあったし、和尚もそれは同じだろう。そして2つ目、これに関しても、私も和尚も心当たりがある。問題は3つ目、だれが潜るのかってことだけれども、そりゃ和尚でしょう。でも和尚は私に「手伝ってくれ」と言っていたのを思い出し、まさかと思って聞いてみた。
「和尚会潜水吗?」(和尚様がもぐるのでしょ?)
「你在说什么?请你潜入」(何を言っておるのじゃ?君が潜るんじゃよ)
まったくとんでもないことを言う和尚だ。しかし和尚が言うには、もう年で体力的にも、霊力的にも難しいという。しかも私には時を渡るだけの体力、霊力が備わっておると言うのだ。聞くと時を渡るのには、膨大な量の霊力が必要なのだそうだ。
「没工夫挨磨!一切都取决于你」(ぐずぐずしている暇はない!すべてはおぬしにかかっておるのじゃ)
ずるずると強引な和尚に引っ張られて修練場に。こんなに力があるなら自分でやればいいじゃないか、と思っていたら
「你说了什么?」(何か言ったか?)
そんなの読み取る力もあるのに・・・と思いかけて、また読み取られるとまずいので『頑張ります』ということだけ考えた。早速、秘伝書の通りにやってみようということになった。和尚が言うには術とは『思い』、そう念じることと、『法力』印を結び仏の力を借りるの合わせ技だそうだ。仏の力とは何かの箍を外すことに近いという。人の念じる力『思い』とは本来すごい力が備わっているがそれを抑えられていて、それを仏の力というか、許可を得て解除してもらうという具合らしい。その法力は和尚が補助をしてくれるという。要するに私は強く念じて、和尚(仏の力)に身を任せ潜って石をとってくればいい、ということらしい。こんな話は大体落とし穴があるものだと、大人の私は知っている。よく考えてみた。潜って石をとって帰ってきて・・・ん・・どうやって元に戻るの?心配になって聞いてみた。これで答えがあやふやだったら断る理由になるんじゃないか、と思ったが、法力がきれれば元に戻れるという明快な答えが返ってきて思惑は打ち砕かれた。こうなったらやるしかないのか。人の命もかかっていることだし、何よりも私の一番大事にしている『食』にかかわることだ。しかし決意をしたときに、私は大きな落とし穴に気づいていなかった。そう、人の命がかかっているのは確かだが、何よりも自分の命がかかっていることを考えもしなかったのだ。
dive40に続く・・・・

