大将のブログ 冒険小説「らーめんダイバー」

2020-05-05 19:11:00

第5歩

 包丁もだいぶ慣れてきたでしょうか。いろいろ切ってみるとなかなか自分の手のようにうまく操作できないことに苛立ったことでしょう。最初はそんなものです。でも、楽しいでしょ。なんかちょっとできるとうれしいでしょ。「技術」っていうと大げさですが「できた」ってそういうこと。自転車に乗れた、スケートで、スキーで、バイクで・・・・みんな同じだと思います。バイクに乗って一つカーブをうまく曲がれただけでわくわくするあの感じ。あなたが今まで楽しかったとおもったものと同じでしょ。この先にもっといっぱいのわくわくがまっていますよ。

 ここで一つ私事ですが、調理師になるのにどうして中華を選んだのかという話をしましょう。こう見えても(見えないか?)最初は洋食のあの山高コック帽にあこがれた一人でした。僕らの時代には(昭和50年ごろ)はテレビで洋食があふれ「料理天国」なる番組(辻調理師学園監修)では毎週豪華な料理が紹介されていました。小学校の頃の調理実習でフレンチドレッシングサラダとスクランブルエッグを習ってから家で何度も作りました。その後母の料理本を見てはいろいろ作りました。前の日に材料を言って買ってきてもらい土曜日に昼からタコ焼きを焼きまくったり(その日は晩飯もタコ焼きでした。)、野菜をみじん切りにしてルーからカレーを作ったり、家族にはいい迷惑だったかもね。中学からコックにあこがれていましたが高校に進み2年生の時のこと、担任の先生に頼んであの料理天国の監修をしていた大阪阿倍野辻調理師学園の資料を取り寄せてもらい夏休みに体験入学に行きました。自分でホテルも予約し行き方も調べ、いざ大阪へ。そして体験入学に行ってみるとその日の体験は中華でした。それも餃子の皮伸ばしでした。テレビで見たことはあったもののいざやってみるとこれがおもしろい。教えてくれたのは入学後副担任だった中華の先生でした。太っちょ眼鏡という何ともイメージどおりの人(今では自分も)でした。山高帽子ではなく、きのこのようにぺたんと頭をつぶした感じの中華のコック帽でした。しかし実に面白かった。体験というかもうそのまま餃子屋でバイトしたいぐらいにおもしろかった。そしてついにこの時がやってきた。私が中華に決めた一言を聞く時が。面白くて何度も皮を伸ばしていたその時、先ほどの先生が、「自分うまいなー、どうだ中華に来ないか」。その一言で決めてしまった。私の人生の選択はそんなものでした。とはいえ後々よく考えて、私はお米から離れられないことと、自国以外の料理をやってみたいという理由で方向を決めた。と、まあこんな感じでした。

 そんな私の始まりにちなみ、皆さんに最初に教える料理は『餃子』です。あの時のわくわくをみんなにも味わっていただきたく、この料理を選びました。

 では餃子について、最近では日本でも水餃子が認知されてきましたが、中国ではほぼ水餃子がメインです。焼き餃子がないわけではありません。広州の町にも焼き餃子売ってました。でも日本ほど中華料理屋に行ったら必ず餃子、なんて店はありません。もともと餃子など小麦粉を使った皮や麺を使うものを『麺点心』といいます。だかららーめんも、饅頭も餃子も全部『麺点心』ということです。基本中国では点心屋と料理屋は別ものです。ちゃんとした料理屋に行って餃子とか言わないでね。中国人にしてみたら餃子でご飯を食べる「餃子定食」なんてものは、ありえない。なんともかわいそうな人が食べるものと思われるでしょう。点心とはそれ自体が主食、おかずにするなんてありえない。日本人がお金持ちの国と思っていたのにショックでしょう。ネパールのモモ、イタリアのラヴィオリ、ロシアのペリメニ、ポーランド、北米のピエロギなど世界に広がりを見せるこの料理の本質はおにぎりと一緒、主食でおかずを包むということ。という意味合いから主食と主食の餃子定食は中国にはない。そのせいなのか満州国のイメージが強いせいなのか日本発の餃子の王将は売れずに撤退しました。日本の餃子は日式餃子などと表記され皮の薄いもの、対する海外のものは皮の厚いものが主流。そりゃそうですよねコメの少ないおにぎりなんて日本人でも食べないでしょ。まあ一部の人の反対意見もあるでしょうが皮を美味しく食べるための餃子である。

 ということで皮作りにこだわった餃子の作り方を教えましょう。

ながくなりましたので作り方は第6歩で紹介します。

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