♪ 近況&インフォメーション ♪
筑波山に続く緑。
ありがたいことに、レイアウトを考えてくださったお客様がいらっしゃって、夜中、さっそくやってみようとなりました。
実際、家具を移動させるといろいろ予想外のこともわかり、ご提案いただいたとおりにはなりませんでした。(もうしわけありません。。。)
お店をオープンさせる時にイメージしていた、筑波山を臨む席の並びを復活させました。(→)
実際に窓に見える風景は、
木塀で切り取られた坪庭に、
紅葉とムクの木の緑の葉裏が広がっているのが見ることが出来ます。
限定された緑が
却ってつながった自然を思わせて
緑に集中することができます。
あまりの居心地のよさに
じっと紅葉に向かって座り、
瞑想したり気功をすることもあります。
するとすぐに緑と呼吸だけしかなくなり、自然とつながっていくのを感じます。
遙か数十キロさきにある筑波山につながっているような気がします。
日常のつまらない雑事がばかみたいに思えます。
人は哀しいですね。
本当に狭い視野の中で、それこそ箱庭のような「仮」の世界で、
自分の力を誇示したいのかなぁ、と思ったり、
自分の怒りっぽさにあきれたり、
やっぱりエゴイストにはなれないな、と確認したり、
そんなこんなことも、全部どこかにやっちゃって、
ただ、ココにいるだけになって、…
時間がたって自分に戻ってくると、
いま、ここで、ずれてきていることに思い至ります。
このずれを修正したいと、実はずっと考えています。
『運命についてのある想い』を思い出させてくれた一日でした。
自分勝手な思い込みかもしれませんが、
ふと、
今日はこのことを学ぶための、このことを得るための一日だったのかもしれないな、
と考えることがあります。
空想主義者だからなのですが、本当にそうとしか思えない日、そうとしか思えない出来事があります。
今度、ショップを開店するというお客様と会話をしているうちに、自分の立ち位置の不可思議さを再認識したり、やっぱり最近良く考えてしまうのが地域性とか、でしょうか…
そんな一日の終わりに、運命についての会話をお客様とする機会がありました。
料理やスイーツを教えている先生です。
実はもともと自分は運命論者でもないし、宿命もどうかと考えている人間です。
でも、余談ですが手相は昔は好きで数百人くらいの人の手相をみたことがあります。
(夜の仕事とかではありません。でも、やっぱりいま思うと役者で食べている人たちはみんな凄いエネルギッシュな手相でした。マスカケ線が結構の割合でいましたから、ちょっと常人離れした特殊技能の人たちが多かったと思います。)
「運命の通りに生きていく人生なんて!」
もし仮に運命というものがあるとしても、
その通りに生きていくなんて信じられない、
そんなものは変えていけるだろう、というのが、お客様のお話でした。
確かに「運命の出会い」とか「宿命の対決」とか、カルマだとか、いろいろ言いますし、気にしている自分がいました。
でも、そのお客様のおかげで「陰隲録(いんしつろく)」を思い出しました。
明代の学者・袁了凡が息子のために書き与えた講義をまとめたものです。
高名な易者の予言した通りの人生を生きていた袁了凡は、地方へ赴任した時、ある老師と出会い、一緒に禅をくみます。
全く迷いのない禅に驚いて老師が問いただすと、自分は易者が言った通りの人生を歩んできたこと、そして、やがて易者の言った寿命で死ぬのだから、何の迷いもないのだと応えます。
運命はたしかに決まってはいるが、人間の努力で変えられるのが運命だ、と老師に一喝されます。
その後、老師の言われたように陰徳を積んでいくと、易者に言われた運命が少しずつ外れていきます。
『人間の運命なんて、本人の向かう力とエネルギーで(もちろん正しい陰徳を積んで、ですが)変えられるものだ!
それどころか、こちらに運命を引き寄せるんだ!』
と、ずっと信じて生きていた(そして大きな世界で結果を出していた)20代30代の自分が、自分の中に呼び戻されて、思わず、
「あっ」
と声が出そうになりました。
本当に感謝です。
いつの間にかレールをそれて、間違った考え方や慣習に流されてせっかく得ていたタカラモノをこころのどこかに追いやってしまっていました。
お店にコーヒーを飲みに来ていただいて、そのうえ大切なことを思い出させていただいて…
申し訳ないありがたさです。感謝です。
本当に今日はこれを思い出すための一日だったと思えます。
それと、新しいショップがオープンするという楽しみな情報を得るための一日だったのかな、と。
安岡正篤氏は、陰隲録を平易に解説しています。
一部を紹介すると、善行の大略十類として、以下の10項目をあげています。
第一は、人のために善を為す。
第二は、愛敬で心を養う。
第三は、人の美を為す。
第四は、人にすすめて善をなさしめる。
第五は、人の危急を救う。
第六は、大利になることを興して建てる。
第七は、財を捨てて施しをする。
第八は、正しい法を護持する。
第九は、自分より身分の高い、年齢の長じた人を敬重する。
第十は、物の命を愛惜する。
以上のことをしていけば、自分の運命を変えていけるというのが陰隲録です。
それを全て行うことは難しいにしても、
良いことに自ら進んでいくことで、
運命も、人生も、
望むほうに向かっていくことは間違いないのでしょう!!
最近は、
本当にいい人たちに出会えて、
凄い人たちに驚かされて、
面白い人たちに出会えて、
これはけっこう凄いことが始まるのでは?
という期待と輝かしい近未来にワクワクします。
この人とこの人が出会ったら、どんな化学反応が?
そう思うこともたくさんあります。
その化学反応の場にいられるであろうことが嬉しいです。
これこそ、人生のタカラモノのひとつです。
なにものにも比し難いタカラモノですね。
グァテマラ、グァテマラ、エルサルバドルCOE!
グァテマラといえばアンティグアが名産地として知られています。
しかし、当店ではウエウエテナンゴ産のグァテマラを好んで使っていました。
エスプレッソのアレンジのためのブレンドもウエウエテナンゴ産のもの。
アンティグアはピンからキリまであって全部、「グァテマラ・アンティグア」という呼称に頼りすぎているのでは…
という印象でした。
それならおいしいウエウエテナンゴ産のほうがリーズナブルだし品質も高い。(最近はリーズナブルではなくなりました)
ですが、アンティグア産のグァテマラが入荷しました。
満を持して…、です。
自家焙煎屋さんの多数が『買い』と印象を持つアンティグア。
絶対数が少ない豆を購入することができました。
実際、グァテマラの生産者が訪日してプレゼンした場では購入希望がほとんどでした。
農園面積は15haで年間わずか50袋程度しか生産量はありません。
クリームのようなマウスフィールとブライトアシディティ、シティロースト深めでキャラメリィな印象です。
おいしいアンティグア、FINCA SANTA CRUZ 、販売開始しました。
アンティグア産のスペシャルティコーヒー、是非お試しいただければと思います。
さらに、
この後、同じくグァテマラですが、エル・インヘルトのパカマラが入荷します!!
こちらは秋以降になります。
以前、エルインヘルトのウノ(ブレンド)は扱ったことはありましたが、同農園のパカマラは初めて。
世界を震撼させたエルインヘルト農園パカマラ!!
今から焙煎するのが楽しみです。
いいコーヒー生豆に出会うと、
この素材を焙煎によってどこまで美味しく昇華できるか!!(焙煎用語の昇華ではなくて、文字通りの)
プレッシャーも生まれますが、圧倒的に「腕が鳴る」期待が無制限にむくむく頭をもたげます。
おいしい生をマニュアル主義でバタバタ焙煎して豆の潜在能力を引き出せない豆を巷で見るに付け、
反面教師として、
データに基づくものの、焙煎は常にライブで反射すること、
演技と一緒で予定調和では本人の成長もないよ、といつも自分に戒めます。
結果、全身の感覚を研ぎ澄まして、焙煎状態すべての要素とライブで反射して向き合うことになりますから、
5バッジくらいならともかく8バッジから12バッジも焙煎する日が続くと、翌日も何も出来なくなるほどくたくたになります。
マニュアルを学んで自家焙煎をはじめる人がここ数年増えていますが、
心が痛むのは
研ぎ澄まされた感覚と信念と向上心と愛情がなければ、
実際、焙煎なんてうまくならないし、
まして、焙煎だけに限らず、どんなことでもそうだと思いますが、
片手間でやれることなんて、
人の心を動かすことなんて決してできません。
本気でやっている焙煎屋さんコーヒー屋さんと会ったり話していると、
手軽にインスタントに出来ることなんて、
「平均のちょっと上」くらいで
本物をだますことは絶対にできないよ、
少なくとも本気でやっている人たちは欺けないといつも確認できます。
それくらいでも構わないんだというのだったら、あくまで趣味として楽しむべきだと思います。
最近は優雅な趣味を持っている人が増えています。
それができるのは、それはそれで羨ましいものです。
コーヒーの話です。
さらに、
エルサルバドルCOEロットも押さえております。
こちらも入荷は秋以降です。
やっぱり焙煎するのが楽しみな豆です。
最近、決意と覚悟と『あとひとつのもの』で、ステージが一段あがった気がします。
ずっとあった靄のようなものからぬけて、風景が広がっているのを感じます。
と同時にコーヒーに対して責任感も感じています。
「このコーヒー豆を世に知ってもらわなくては申し訳ない」
それぐらいのキモチを焼いた豆に感じ始めています。
たぶん愛情の一種だと思います。