◆(雑記)太陽と月の珈琲のこと。
1.太陽と月の珈琲 2007.10.20.
2.祖父のつくったカフェ 2007.06.15.
1.太陽と月の珈琲 2007.10.20.
父の病気のことがあり、役者をやめて茨城にやってきて(というか一応生まれ故郷なので戻って)、
その当時勤め先が筑波山にありました。
幼い頃にいつも筑波山を窓から見ていた記憶があって、
今、カフェにしている建物も建てた頃は確か窓から筑波山が見えていたと思います。(現在は見えませんが)
自分が住んでいる町も含め、人は間近にあるものに対して過小評価する傾向が強く、
この筑波山についても、多くの人はよく知らずに、価値が分らないでしまっているのが現実です。
歴史的なこと文化的なことなどもろもろ。
太陽と月の珈琲という店の名前を聞かれる度に、こちらの思いがきちんとすべて伝わるとは考えられず、
「珈琲も農作物で…」などといい加減に応えてましたが、本当の理由のひとつがこの筑波山にもありました。
筑波山は、男体山女体山二つの峰からなる山ですが、それぞれ、御祭神として筑波男大神(つくばおのおおかみ)筑波女大神(つくばめのおおかみ)が祀られています。
歴史的な流れでイザナギ・イザナミという二神に置かれてしまいましたが、
本当は先にあげた地元のオリジナルな神様です。
東京で暮らしているとき、自分を見つめたり、疲れきってしまった時に、
回復させてくれる存在だったのが、幼い頃にいつも見守ってくれていた筑波山であり、
人生の区切りでしばしば訪れた富士と箱根の山々であり、那須連山でした。
筑波山で働いていたとき、どうしてここでおいしい珈琲が飲めないのだろうと不思議でした。
出来ればいつか山頂にカフェをつくりたい、と夢想していました。
茨城に来てすぐカフェを始めることが諸事情でできず、遠回りをしてから店をはじめる環境が整ったとき、
自分の精神的なバックボーンのどこかに「おやま」があり、それを感じられる名前をカフェにつけようと決めました。
太陽と月の珈琲は泣いた赤鬼のことであり、筑波山のことであり、
富士箱根のことであり、那須の連山のことでもあるのです。
太陽と月は陰と陽・男性と女性・昼と夜…あまたの一方では成り立たないこと・
単独では成立しないいろいろなことを表わしています。
楽しいことだけでも、辛い哀しいことだけでも人は生きていけないはずです。
明るいことと暗い面があってはじめて深みがうまれると思います。
今のような自分勝手な、年齢だけは大人な人達が増えてしまって、何故なのだろうかと哀しくなります。
子供の頃のように、お互い、他人のことを思いやる想像力を少しでも思い出す時間を持ってほしいという願いも、
太陽と月の珈琲のカフェスペースにはこめられています。
2.祖父のつくったカフェ 2007.06.14.
太陽と月の珈琲が現在一軒家カフェとして使用している建物は、
元々、自分の祖父がひとりで住むために10数年前に建てたものです。
祖父は丁稚奉公の後、ひとりで商売を始め、いくつかの商品を扱った後、
築地の魚河岸に出入りする権利を取得し、卸しを中心に魚屋を始めました。
茨城の内陸から始発に乗って3時間近くかけて築地まで通っていました。
小男と呼べる体格で魚箱をいくつも背負って行っていたようです。
まだ物流が整っていない時代に、栃木に近い内陸で、
日本中のおいしい魚が集まる中央市場から仕入れていたのですから、
当然近隣の町や市の寿司屋さん和食屋さんが殺到し、築地直送の卸の魚屋として繁盛していました。
その祖父が、彼の人生で建てた、6軒だったか8軒だったかの最後の家が、
筑西市下岡崎(当時は下館市文化町)の、現在太陽と月の珈琲となっているものです。
祖父はその家に住むのをたいそう楽しみにしていたようです。
植木が好きだったので、庭にある植木の鉢たちに冬場の霜がおりないようにと、
家の中に持ち込めるよう、そこだけフローリングの居間をつくりました。
(他はすべて畳の部屋です。)
それが、現在、カフェの主客席になっているところです。
しかし、楽しみにしていた新居が完成し、そこに住んで数日、祖父は急に体調が悪くなり、
二週間後に他界しました。癌でした。
太陽と月の珈琲はそのほとんどが自分で改装工事をしましたが
(設備工事や外壁の塗装など要所は専門家のかたにお願いしましたが)、
工事着工前と、カフェの開店前には、その旨を祖父の墓前に報告しました。
自分は大学を卒業して社会に出てから特殊な仕事をしていましたから、
運やタイミングや奇跡的な出来事や、目に見えざるものを信じざるをえないようなことを、
いくつも間近で見たり、体験したりしてきました。
そのせいか死んだ身内が今もどこか別の世界に存在していて、
同じように共時的にいる瞬間もあると思っています。
墓前で何か本当に困ったときは力を貸してくださいと思っていたかもしれません。
昨日、6月13日は祖父の命日でした。(注:この文章が書かれた当時です)
力を貸してくれたようでした。
昨日、そして今日、お店に来ていただいた、コンタクトいただいた方々に、
太陽と月の珈琲というコーヒー屋をやっていくための、エネルギーと勇気と愛をいただきました。
本当にありがとうございました。
具体的な言葉や楽しさのようなものを、言葉で表現するのは難しいのですが
(言霊のようなものも)、いろいろなかたにいろいろなかたちで。
いろいろな方のいろいろな形でのエネルギーをいただいた気がします。
これから、お店をやっていって、また、いろいろな方がたに出会えるという期待と、
今まで出合った素晴らしい方々に感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、カフェの元を作ってくれた祖父に感謝してます。
おじいちゃん、本当にありがとうございます。
これから、あなたに恥ずかしくないようなお店になるように、
遺伝子を受け継いだ孫とお店をゆっくり見守ってください。
太陽の燦燦とした光を浴びて、月の柔らかい青い光に包まれて、
太陽と月の珈琲は明日からもオープンしていきます。
これから未来に出会う皆様、これまで来てくださった皆様も、
お店で私達は皆様をお待ちしております。
