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旧堀氏庭園スタッフ 山本 剛
2016年、旧畑迫病院開館以来、旧堀氏庭園畑迫病院の管理スタッフとして活動しています。病院開館時は手探りでの活動で若い相方の由井さんのアイデアでくらしの学校とかイルミネーションの点灯等企画し翌年11月に開館五千人を達成(萩市江崎婦人会の皆さん)記念式を開催することができました。
当日はサンネット日原から撮影にきてもらい後日放送もされました。
2018年にスタッフの移動で堀庭園中心の活動となり現在に至っています。
堀庭園に移って感じている事は、病院、庭園の活動が実際の距離(300m)以上にあり活動がバラバラで一体感がありません。以前は両施設のスタッフ、教育委員会、堀庭園を守り活かす会での定例会の開催もありましたが現在は定例会も開催されず我々スタッフが思っている事、環境整備(時期内容)、施設の不
備(特にトイレ)要修理箇所、イベント開催時期、内容など四者四様でまとまりが無い様に思います。もう少し現場の状況を見てもらい11月の紅葉シーズンだけでなく、四季を通じてお客さま楽しく散策してもらうため庭園、病院間の中堀跡、和堀住宅,新堀跡等を活用、遊歩道を堅備し看板を設置し谷全体が堀庭
園で「あそこに行ったらいつみても綺麗な花が咲いとってええとこよ」「堀庭園の横にある手打ちそばはぶちうまいけえ」「あそこの和風雑貨におもしろい物がいっぱい有るよ」などとお客様が喜んで楽しく滞在時間を長く取ってもらえる様な観光地になれば、と思います。
NPO法人 理事 齋藤誠
旧堀氏庭園が国指定されてから二〇周年を迎えます。
誠におめでとうございます主屋は裏側が傷み、崩れかけていましたそれを行政の力で修復していただき現在の形になっております。
主屋修復後には畑迫病院を修復していただきました。地元にとりましては実に有難いことでした。修復に必要な経費は相当な金額だったはずです。地元としては行政がこれだけ力をそそいでくれたのに地域の宝を守るために何もせずただ指をくわえて見ているわけにはいかないということで任意団体「旧堀氏庭園を守り活かす会」を青木公民館館長(当時)と相談して立ち上げ、その後法人格を持つ団体にしようということで「NPO法人旧堀氏庭園を守り活かす会」の設立となったのです。
これまでにNPO法人旧堀氏庭園を守り活かす会は各種事業を実施してまいりましたまずお客様が見えられた時に印象が大事ということで周辺の草刈りを実施しました
次に皆さんに知っていただくためにイベントを企画しましたこれまでに春と秋の二回のイベントを実施しております。また近隣の同様の施設へ研修視察に行き勉強をして参りました。会の会員につきましては当初二〇数名おりましたが現在は一五・六名です会員は入れ替わりなく皆高齢になっており、会員の勧誘も大きな問題です。
また畑迫病院の修復時には施設内にレストランをつくりました
旧堀氏庭園および旧畑迫病院には集落支援員の配置をいただき、今もなお行政として力を入れていただいておりますことに感謝申し上げます。
今後は集落支援員との連携が重要であると考えております
この二〇周年を契機に旧堀氏庭園を守り活かす会の活動が活発化することを願っております。
整体庵 結び 松永敏行様
「原点です」
旧畑迫病院、そして糧との出会いは2017年の9月。
妻の知り合いの方が主催された醤油作りのワークショップの会場が糧でした。
到着してすぐに、映画にでも出てきそうな木造建築に圧倒され、中に入ってからも昭和の雰囲気を残した佇まいに「ここいいねぇ」を連発しながらあちこち見て回り、そしてすぐに「ここで施術ができたら最高だなぁ」と思うに至りました。
申し遅れましたが、私はこの当時山口にて「整体庵 結び」という屋号で整体師をしておりました。
現代の病院というと鉄筋コンクリートの建物で冷たく、陰気で、薄暗いというイメージがあるのですが、旧畑迫病院は窓が大きくて明るく、ついつい手で触れたくなるような木の温かみがあって、建物中が良い氣に満ちていました。
ほぼ一目惚れから生まれた「ここで施術」願望が実現したのは翌年。
糧の主人である大江健太さんからお声掛けいただき、5月に糧主催のイベント「ゆらゆらマルシェ」に整体とクラニオセイクラルセラピーの施術で参加しました。
これをきっかけに、7月には糧の一室をお借りして整体庵 結びの出張施術を開催。これ以降、月一回のペースで出張施術を行うことになります。
そして通い続けて5年目、ついには住居を津和野に移し、現在この地で整体庵 結びを営んでおります。
津和野の自宅で整体を始めてからも糧での月一出張施術は続けており、今年の7月にはまる7年を迎えます。
整体庵 結びにとって糧、旧畑迫病院、そして津和野の町との繋がりの原点である出張施術をこれからも大事に、続けてゆきたいと思っています。
結ひ~Yui 松永明子様
旧畑迫病院と薬草園とわたし
糧と旧畑迫病院に出会ったのは、8年前。
糧での醤油作りのワークショップでした。
講師をされた方が知り合いということもあっての参加でした。
第一印象は「なんて素敵な空間(建物)ここで施術やワークショップがしてみたい!」
でした。
翌年からは念願の出張施術を定期的にさせて頂くこととなり、山口市から通っている間に
畑迫地域の人、街並みが大好きになり、現在では畑迫の住民となっています。
そして、植物が大好きでアロマセラピーやハーブを生業にしている私にとって、旧畑迫病院の薬草園はとても魅力的な場所です。
嬉しいことに、2020年9月に初めて薬草園の植物を使ってのワークショップ講師のご依頼をいただきました。そこからは毎年、定期的に講師をさせていただいております。
春はヨモギ、ユキノシタ、タンポポ、芍薬。
梅雨の季節は、ドクダミ、ツユクサ。
初夏から夏は、クチナシ、スイカズラ、ハッカ。
秋はハギ、キキョウ、キンモクセイ、フジバカマ。
冬はツワブキ。
毎年「今回は、この季節だからこの植物を使ってこんなことをしてみよう!」と考えることがとても楽しみになっています。
そして、ワークショップに参加してくださった皆さんが笑顔で帰る姿を見る度に、とても幸せな気持ちになります。
植物は、人を癒してくれたり、元気づけてくれたり、調子が悪い時はお茶などにして活用することができます。そんな植物の偉大な力を多くの方に知って頂ける機会になればと思い講師をさせて頂いております。
今、注目が集まっている薬草。
今後は、薬草の種類を充実させることで、春夏秋冬の季節に合わせたワークショップの開催や植物観察などが出来るとリピートしてご来館してくださるお客様も増えるのではと思います。また、ギャラリーの夏場の酷暑が解消出来るといいのではと思います。
私も今までに学んできたことを活かしながら、今後も旧畑迫病院の発展にご協力させて頂きます。
糧 大江健太
「らしさ」を追い求めて
旧畑迫病院で飲食店をはじめて、走り出すのにあたって一番大事に考えていたのは「らしさ」だ。
ぼくはこの場所をはじめる前の環境は、デザイン会社のスタッフでした。
その会社では言語化されていない「らしさ」をもっていて、ぼくはその「らしさ」を追い求めていた。その会社は、山陰界隈では群を抜く空間デザイン力を持っていて、今も第一線で活躍をしている。
代表は、会社が表現する「らしさ」について言葉少なくヒントを与えてくれるが、答えは与えない方針。今までつくられ空間化された「らしさ」から、自分ならではの創り方を模索する作業が求められていた。
空間化はされているが、言語化がされていない状態がスタッフであるメンバーの思考を止めない仕組みを作っていたのだと思うし、その環境であることがスタッフの力を磨き上げ、自分ごととして、会社というプロジェクトに関わることになっていったのだと思う。
話はもどるが、旧畑迫病院の飲食店のプロジェクトでは「らしさ」をどうつくりあげるかがポイントだと思っていた。
運営する立ち上げメンバーのエッセンスや方向性、社会の動向やマーケットの求めるものも、もちろん汲みとって積み上げて形にしていくことも大事ではあるのだけど、一番大事なことは、この「空間」が求めている「在りたい姿」なのだと思う。僕ら運営側は、その在りたい姿に呼ばれて、この場所を運営させてもらっていると思い続けることが大事なのだ。
この場所は男性なのか、女性なのか?性格は?喋り方は?趣味嗜好は?
ぼくら運営者がこの場所を我が物と所有の感覚で運営をすると、いつしか間違えてしまうだろう。場所というものには人格があり、その場所の人格は人と同じく尊重されるべきものなのだ。
運営メンバーにこのことを直接的な言葉で伝えないけど、問いかけているのは、この場所の等身大の姿であって、この場所の人格が満足するための工夫を求めている。
2016年の晩夏、ぼくらはこの場所の名前を「糧」と名付けた。
初心であり、在り方と工夫の為のヒントである言葉だ。
運営をしはじめてそろそろ10年。ぼくらの付き合い方は、やっとこの場所にフィットしてきたのかもしれないなと思い始めているが、まだまだこれからも工夫をし続けていき、この場所の、等身大で気持ちいい場作りのために貢献をしていきたいと思う。