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2025-07-07 15:29:00

NPO法人 事務局長 青木由充

「私と堀庭園」

私は昭和27年(1952年)に畑迫村(現津和野町邑輝)で生まれました。

幼少の頃より、私にとって堀庭園は「大きくて御殿のようなすごい家」でありながら身近な存在でもありました。

 

私の祖父青木善一(明治20年生まれ)が、一時期堀家より仕事を戴いていたことや、畑迫病院の事務員として働いていたことを聞いていましたし、また上堀家長男節夫君が同級生で、二人で当時堀家にしかないテレビを、主屋の土間から見せてもらっていたことなどもありました。

畑迫病院の山東先生になんどもお尻に注射されたこともよき思い出です。

 

中学校卒業後、学校生活や就職で親元を離れた45年間、堀庭園との縁は無くなりましたが、60歳の定年を迎えた平成24年(2012年)にUターンしたときから、子どものときとは異なる形で極めて身近な存在となりました。

 

帰郷翌年より畑迫公民館長の職に就くことになり、公民館主催事業として開催した「堀家勉強会」や「ボランティアガイド養成講座」などを行い、そこに参加された地域の方々を中心に、平成27年(2015年)任意団体「旧堀氏庭園を守り活かす会」を発足しました。会においては、当初より事務局長として、NPO法人化を進める任に携わり、平成30年7月25日「特定非営利活動法人(NPO法人)旧堀氏庭園を守り活かす会」の設立に深く関わったことも忘れられない体験です。

 

今年旧堀氏庭園が名勝指定20周年を迎えるにあたり、津和野町、教育委員会の協力支援のもと、記念式典の開催や、記念事業を行うことは、地域にとって非常に誇り高きことであり、そのメンバーの一員に加わっている私個人にとっても意義深いことであると感じております。

 

「旧堀氏庭園を守り活かす会」を発足して10年間、周辺の環境整備事業、調査研究や広報事業、普及活動のためのイベント事業を毎年行ってきました。

 

法人会員だけでなく、堀氏庭園に関わってきた多くの人々が、それぞれの立場で、その時々の思いを込めて事業に携わってきたと信じています。

 

しかし、法人名にある「活かす」の段階にはまだまだ距離を感じています。

「文化財の活用とは、その文化財の持つ価値をいつでも体感できる場所にすることだ」と言われます。

 

次第に年をとっていき、気力・体力の低下はもちろんですが、それ以上に企画のセンスと実行・推進力、人脈の不足なども感じているところです。

より魅力ある「旧堀氏庭園」となるためには新たな発想と実行力が欠かせないと思います。

 

あなたも一緒に仲間に加わっていただけませんか?

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