にこにこだより
2026-08-28 16:00:00
幼児の権利
にこにこだより
子どもは、言葉と論理の「タネ」を宿して生まれてきます。数量感覚も相当早くから持っていることが認知心理学の実験からわかっています。1歳前後になると歩き始め、転んで泣いても、また歩き、しゃがみ、立ち上がります。そうしたことを繰り返しながら、外の世界が「どのような理で成り立っているか」を探検し始めます。
親が「ワンワンだねえ」「アリさんがいるね」と言うだけでも、子どもはいつしか犬やアリが「歩く」ことを理解します。一方、車や電車は動くけれど歩きません。どうやってそれらを区別しているのか、なぞです。
幼児は、自分の五感で感じ取った外部世界のリアリティを、言葉という記号と徐々につなげていきます。それが「意味を理解しながら文を読み書く」ことの第一歩です。そのためには、幼児期に外の世界と濃密に接触すること、身近な大人たちの母語のシャワーを浴びることが極めて重要です。
けれども、そのような幼児の権利は現代では無視されがちです。この10年で、2歳を超えてもバギーで移動する幼児を多く目にするようになりました。親の都合が優先され、一番歩きたい・走りたい盛りの1歳から4歳までの「歩く権利」が奪われています。一度バギーに乗る「楽しさ」を覚えると、歩かせようとしても歩かなくなります。
歩かなければ、アリが行列を作って何かを穴に運ぶ光景にも、木の葉がくるくる回りながら落ちる様子にも、霧雨が雨に変化する瞬間にも出会えません。
「キャンプに行けば体験できる」という人もいるでしょう。しかし、ホモ・サピエンスは何万年も、365日外部と接する体験をして育ってきました。年に一度のキャンプで365日をカバーできると考えるのは、あまりに傲慢でしょう。
もはや親の自覚を促すだけでは、この状況の改善は見込めません。それでは、自覚と時間と心の余裕がある親を持つ子と、そうでない子の格差が広がるだけです。
では、どうすればよいのでしょうか。「すべての幼児はゼロ歳から保育園に通う権利がある」「すべての小学生は学童保育に通う権利がある」と法律に明記すればよい、と私は思います。すべての子どもに、十分な母語のシャワーを浴びる機会、インターネットから切り離されてリアルな世界と接触する機会、歩き、走り、同年代の子どもと喧嘩をし、仲直りする機会が保証されるべきです。
((新井紀子『AIに負けない子どもを育てる』より)
2026-07-27 15:23:00
やる気は好奇心から
にこにこだより
やる気は好奇心から
最近は「やる気のない子」が問題になっていますが、やる気のもとは好奇心です。好奇心を育てるために、子どもならだれもが持っている好奇心の芽をつまないようにしてあげましょう。
子どもは、もともと好奇心とかやる気をたくさん持っているものなのです。それを親がじょうずに引き出してやらないと、せっかくの好奇心ややる気がしぼんでしまいます。
親は少し後ろからついていけばよい
好奇心を育てることで最も大事なのは、子どもの先回りをしないで、子どもの好奇心の後ろからついていくことです。
もっと具体的にいえば、子どもが「これ何だろう」と思うときは、十分に探索の体験をさせてやるということです。お母さんは危なくないようにサポートしてやり、子どもの必要や求めに応じて対応してやればよいのです。
これは、一見簡単なことのようですが、実行するのはなかなかたいへんです。
たとえば、ふたりで散歩に行けば、子どもはあっちへちょこまか、こっちへちょこまかと歩きながら、「あっ! これ何?」「お花が咲いてる!」と発見したり感動したりしながら歩きます。
こういうときの子どもの表情は生き生きとして輝いていますが、10メートルを進むのに10分以上かかることもあるでしょう。買い物の途中だとしたら、イライラして、「はい、もう終わり。ベビーカーに乗ろうね」ということになりがちです。
しかしこれでは、子どもは好奇心をいっぱいにふくらませることはできません。
好奇心を満足させてやり、やる気を育てる育児というのは、いいかえれば、お父さんやお母さんがゆったりとした気持ちで子どもに接してやり、子どもの求めを存分に満足させてやる育児ということになります。お母さんがイライラして、いつも「早く寝てちょうだい!」なんて思っていてはうまくいきません。
そのためには、考え方をちょっと変えてみてはどうでしょう。子どもといっしょに好奇心をふくらませながら歩いていくのは、いましかできない貴重な体験ですし、子どもを観察していると、「今日はこんなことができた」といった新鮮な驚きの連続で、毎日楽しく育児をすることができると思うのです。
(汐見稔幸著『0~3才 能力を育てる 好奇心を引き出す』より)
2026-02-25 13:11:00
「体験する力が、子どもを育てる」
にこにこだより
子どもの育ちは、机の上だけでは生まれません。それは、小さなころの体験の中で、少しずつ身についていきます。
もちろん、文字や数に触れることも大切です。絵本を読み、言葉を覚え、数を数えることは、これからの学びの土台になります。しかし、それ以上に子どもの心と体を大きく育てるのは、「体験」です。
土に触れること。風のにおいを感じること。雨の冷たさや、太陽のあたたかさを知ること。季節の花や虫に出会い、「なんでだろう」と不思議に思うこと。お祭りや行事を通して、日本の文化や地域のつながりに触れること。
こうした体験は、知識として覚えるものではなく、体の奥に残る記憶として積み重なっていきます。
そして何より大切なのが、友だちとの関わりです。一緒に笑い、走り回り、同じ遊びに夢中になる時間。けれども、楽しいことばかりではありません。おもちゃの取り合いになり、思いがぶつかり、悔しくて涙が出ることもあります。それでも、少し時間がたてばまた顔を合わせ、ぎこちなく「ごめんね」と言い、やがて何事もなかったように一緒に遊び始める。その一つ一つの経験が、子どもの心を確実に大きくしていきます。
最近は、「嫌な思いをさせたくない」「傷つかせたくない」という思いから、苦手なことや気の合わない相手を、あらかじめ遠ざけてあげようとする場面も見られます。親として、それはとても自然な気持ちです。大切なわが子だからこそ、できるだけ穏やかで安心できる環境を整えてあげたいと願うのは当然のことです。
けれども、私たち大人は知っています。
社会に出れば、気の合う人ばかりではありません。思い通りにいかないことや、避けられない苦手な場面もあります。その中で折り合いをつけ、工夫し、助けを求め、時には我慢しながら、人は生きていきます。
その力は、どこで育つのでしょうか。
嫌だったけれど、やってみたらできた経験。怖かったけれど、誰かと一緒なら乗り越えられた経験。けんかしたけれど、仲直りできた経験。苦手な子とも、何度も関わるうちに分かり合えた経験。
こうした積み重ねが、「大丈夫」という心の土台をつくります。失敗しても、つまずいても、またやり直せるという感覚。それこそが、将来を生きる力になります。
私たち大人にできることは、すべての困難を取り除くことではなく、安心して体験できる場をそっと支えることなのかもしれません。転ばないように道をなくすのではなく、転んでも立ち上がれるように見守ること。すぐに答えを与えるのではなく、考える時間を大切にすること。
子どもは、体験の中で育ちます。そしてその体験は、未来を生きる確かな力になります。せっかく目の前にある「育ちのチャンス」を奪うことなく、にこにこ笑顔で、子どもたちの挑戦を応援していきたいですね。
2026-02-25 12:18:00
こんなことで悩んでいませんか
にこにこだより
●こどもがスキンシップを嫌がります
スキンシップが好きな子どももいれば、嫌がる子どももいます。乳児の頃は抱っこに慣れていますが、抱っこをあまり好まない子どももいます。幼児の年齢になれば、親からのスキンシップを恥ずかしがる子どももいます。
肌接触に敏感な子どもの場合、スキンシップは鳥肌が立つほど苦痛を感じることもあります。手を握る、頭をなでる、肩をポンポンと軽くたたくなど、子どもが敏感でない部分を使ってスキンシップを心がけましょう。
子どもが好む・嫌がるポイントを探すのと同じように、タイミングも大切です。子どもの機嫌や調子に合わせることを「波長」に合わせるといいますが、触れる部分、触れ方等は、子どもの好みに合わせるとよいでしょう。親の気分や調子、リズムでスキンシップをとろうとしても、子どもは受け入れる準備ができておらず、かえって強く拒否することがあります。
●3歳までは母親と一緒にと言われ、仕事復帰に悩みます
子どもが3歳になるまでは母親と一緒にいたほうがいいとされる「3歳児神話」には、科学的根拠はないと考えられています。3歳児神話は1960年代後半、日本の高度経済成長期に提唱されました。小児科医ジョン・ボウルビーが提唱した「母性の喪失*」は、特定の大人(母親)とのかかわりが子どもの発達(愛着形成)に影響を及ぼすという考えがもとになっています。
乳幼児期の子どもは母親がそばにいて養育することがふさわしいという考えは、高度経済成長期に、男性は仕事(会社)、女性は家庭という家庭像と一致し、広まりました。しかしボウルビーが提唱したのは、乳幼児期の子どもには母性(Maternal)、つまり母性的な役割をもつ大人の存在が重要であるということです。もちろん、子どもにとって母親は最も身近な愛着の対象ですが、母親や父親以外に日常的に子どもとかかわる祖父母や親族、保育者なども、子どもにとっては愛着の対象となります。親や身近な養育者との関係が安定するほど、他の養育者との愛着形成が可能であると考えられています。現代社会では、母親を中心としつつも子どもを支える養育者らのネットワーク(愛着のネットワーク)が重要です。
たとえ乳児期から働くことになっても、罪悪感は不要です。親か親族が保育所・保育者等を上手に頼ることができれば、やがて子どもは親とも保育者とも安定した関係を作ることができるようになります。
(親子の愛着形成ウソ・ホント: 子どもとのかかわり方がわかる本/倉石哲也 著より)
2026-02-25 11:30:00
「早く教えなきゃ」は本当に必要?
にこにこだより
「早く教えなきゃ」は本当に必要?
赤ちゃんがまだお腹の中にいるうちから、「英語を!」「漢字を!」「数字を!」と、たくさんの知育おもちゃや教材が届く……そんな経験、ありませんか?
たとえば、色とりどりの羽に外国語の単語が書かれた孔雀のぬいぐるみ。見た目もかわいく、「早くから言葉に触れさせたい」という気持ちはよくわかります。でも、実はこうした“早期教育”には落とし穴もあるのです。
「右脳を鍛えれば天才に!」「赤ちゃんが本を読めるようになる!」といったキャッチコピーの商品もありますが、多くの専門家は、そうした主張には信頼できる科学的根拠がないと指摘しています。
一方で、昔ながらの小麦粉粘土や、階段をトコトコ降りるおもちゃなど、大人は見向きもしない地味に見える遊びやおもちゃこそが、実は子どもたちの空間認識力や想像力、言葉の力を自然に育てているのです。
もちろん、アルファベットや九九を覚えることも大切ですが、今の社会では、覚えた知識よりも、それを「どう使うか」の力――つまり、「調べる」「考える」「選ぶ」力、そして「対話する力」がますます求められています。なにせ、知識はスマホひとつで手に入る時代ですから。
これからの子どもたちに本当に必要な力とは?
いま、世界は環境問題、戦争、貧困など、国境を超えた課題に直面しています。そうした時代に必要なのは、「覚える子」ではなく、「考え、話し合い(=対話し)、行動できる子」です。実際、世界の多くの企業や教育関係者も、これからの「成功」に最も必要なのは「対話する能力」だと明言しています。
では、私たちにとって「成功」とは何でしょうか?いい学校に入ること、有名な会社に就職することだけがゴールでしょうか?
本当に大切なのは、子どもが自分らしく生き、まわりの人と協力しながら、幸せに社会の一員として力を発揮していけること。そのために、私たち親ができることは、子どもに「詰めこむ」のではなく、一人ひとりの可能性を「ひらく」ような関わり方をすることです。焦らず、比べず、子どもと一緒に対話を重ねながら、ゆっくりと育てていきましょう。
[科学が教える子育て成功への道/K.H.パセック、R.Mゴリンコフ著より要約引用]
