2023-05-24 15:00:00

Case3.FIP疑いの抗悪性度リンパ腫

 

過去の症例

Case1.下顎の無顆粒性メラノーマのお話はこちら

Case2.脾臓の悪性間葉系腫瘍のお話はこちら

 

 

 

こんにちは。

当院の患者さんは猫伝染性腹膜炎(FIP)疑いでいらっしゃる方も多いですが、今回はその中でもFIPではなく実は高悪性度リンパ腫だった!という症例のお話です。

 

 

14か月の去勢済み雄の雑種猫です。

他院さんで「FIPの疑いがある、もうやれることはない」と言われてしまい、飼い主さんがご自身で調べてセカンドオピニオンで来院されました。

食欲・元気がなく嘔吐はあるが下痢はしていないとのこと。発熱はなく、猫エイズ・白血病も陰性。神経症状やブドウ膜炎はありません。

 

 

この時点で「本当にFIPかな?」という勘が働きました。

 

 

当院で行った血液検査では白血球の異常はなく貧血もなし、高グロブリン血症もなし、炎症マーカーの指標であるSAAとα1AGの値は軽度に上昇、黄疸もなしという結果でした。

次にエコー検査を実施すると胸水が少量貯留しており、前縦郭リンパ節も腫大、腹腔内リンパ節も腫大していました。

腹腔内リンパ節のエコー.png

これが腹腔内リンパ節のエコー画像です。

前縦郭リンパ節のエコー.png

こちらは前縦郭リンパ節のエコー画像です。

さらに鎮静をかけて胸水を抜き、リンパ節の針生検を行いました。

抜いた胸水の性状を見てみるとFIP特有ものとは異なり、顕微鏡でみたところ悪そうなリンパ球が散見されました。

針生検した前縦郭リンパ節も腹腔内リンパ節も同様に、悪そうなリンパ球がほとんどを占めており、この時点で高悪性度リンパ腫を強く疑いました。

確定診断のために、血液とリンパ節・胸水から猫コロナウイルスのPCR検査と細胞診検査、リンパ球クロナリティー検査を外部検査機関に依頼しました。

こちらの検査は7日~10日で結果が出るのですが、結果はいずれの検体からも猫コロナウイルスは検出されず。

細胞診・クロナリティー検査の結果は予想通りT細胞性高悪性度リンパ腫との診断でした。

 

 

 

最初の診察で既にリンパ腫を強く疑っていたため、その日から”多剤併用プロトコルUW25”というものに沿って、ロイナーゼ、翌日はオンコビンという抗がん剤の投与を開始していました。

 

”プロトコル”とは治療に使用する抗がん剤の種類や投与の量、回数、間隔などが示された計画書のようなものです。

 

その計画通りに治療を進め、12週目まで大きな副作用もなく順調に抗がん剤投与が行われて行きました。

13週目になりエンドキサンという抗がん剤投与が終わると、1週間後に好中球数が減少する副作用が出現しました。

さらに胸水が少し貯留してきていたため、これはエンドキサンによる治療効果が乏しいと判断して、以降はエンドキサン投与を排除したプロトコルに変法しました。

 

抗がん剤の投与を延期しつつ経過を確認し、その後は胸水も消失、体調も良好で約5か月間の抗がん剤プロトコルが終了しました。

 

現在治療が終了してから約2か月経っていますが、経過は順調です。

この先はまだわかりませんが、抗がん剤の副作用が大きくならず無事にここまでこれたことは素晴らしく、猫ちゃんも飼い主さんも本当によく頑張ったと思います。

高悪性度リンパ腫では亡くなってしまうケースも多いですが、リンパ腫は抗がん剤治療で寛解する可能性がある数少ない悪性腫瘍の一つです。

 

 

今回私が伝えたいことは、「もうやれることはない」という言葉であきらめずに病院を探し、治療をする決断をしてくださった飼い主さんの頑張りがあったからこそ今がある、ということです。

 

この患者さんは当初治療法はないと言われてきていましたから、飼い主さんがその言葉を鵜呑みにしていたらおそらくこの猫ちゃんは亡くなっていたでしょう。

今回は本当にFIPなのかしっかり検査して診断することの重要性、抗がん剤の効果や副作用の有無を吟味しながら治療薬を使い分けた結果が的確な治療に結び付くこと、を再認識した事例でした。

 

ではまた。