Case4.侮れない基本の糞便検査
過去の症例
こんにちは。
みなさんはワンちゃん、猫ちゃんが下痢をしたとき病院にうんちも持って行きますか?
病院内でできる基本的な便検査として便を直接顕微鏡で観察する直接塗抹法と、
便を飽和食塩水に溶かして浮遊したものを顕微鏡で観察する浮遊法が有名です。
今回の症例はそんな便検査のお話です。
生後3か月でまだ体重が1kgに満たないヨークシャーテリアの男の子。
下痢が約1か月続いているということで当院を受診されました。
別の病院では糞便検査で異常はないと言われたとのことで、整腸剤であるビオイムバスターをはじめ
止瀉薬であるディアバスター
抗生剤であるアモキクリア
フラジールなど...いろんなお薬を試したけれども中々よくならないとのことでした。
寄生虫かな?
まだ若すぎるけど食事によるアレルギーかな?
便のPCR検査出した方が良いかな?
などと思いつつ、まずは基本である院内での糞便検査を行います。
顕微鏡で見たところ、なにかウニョウニョしているものがいました!
糞線虫です。
検査に使用する便の量はゴマ粒よりも少ない量ですので、この中に見ただけで2匹いるということはお腹の中にはかなりの数がいるのではないかと予想されます。
顕微鏡でのぞいた時の写真です↓
赤い〇で囲ったものが線虫です。
線虫の治療にはフィラリアと同じお薬での駆虫が有効です。
イベルメックやモキシデックなどのイベルメクチン系薬剤を処方して、下痢は改善しました。
今回お伝えしたかったことは、基本的な糞便検査が意外とおろそかになっているということです。
この検査は安価で、しかも簡単にできます。
今回のように寄生虫が見つかることはそこまで多くはありませんが、見つかればその場で診断がつきますし、適切な治療に結び付けばきちんと下痢を治すことができます。
大切なワンちゃん、猫ちゃんが下痢になってしまったら
まずは便検査!
と思い出して、病院へ行くときはうんちも捨てずに持ってきてもらえると幸いです。
ではまた。
Case3.FIP疑いの抗悪性度リンパ腫
過去の症例
こんにちは。
当院の患者さんは猫伝染性腹膜炎(FIP)疑いでいらっしゃる方も多いですが、今回はその中でもFIPではなく実は高悪性度リンパ腫だった!という症例のお話です。
1歳4か月の去勢済み雄の雑種猫です。
他院さんで「FIPの疑いがある、もうやれることはない」と言われてしまい、飼い主さんがご自身で調べてセカンドオピニオンで来院されました。
食欲・元気がなく嘔吐はあるが下痢はしていないとのこと。発熱はなく、猫エイズ・白血病も陰性。神経症状やブドウ膜炎はありません。
この時点で「本当にFIPかな?」という勘が働きました。
当院で行った血液検査では白血球の異常はなく貧血もなし、高グロブリン血症もなし、炎症マーカーの指標であるSAAとα1AGの値は軽度に上昇、黄疸もなしという結果でした。
次にエコー検査を実施すると胸水が少量貯留しており、前縦郭リンパ節も腫大、腹腔内リンパ節も腫大していました。
これが腹腔内リンパ節のエコー画像です。
こちらは前縦郭リンパ節のエコー画像です。
さらに鎮静をかけて胸水を抜き、リンパ節の針生検を行いました。
抜いた胸水の性状を見てみるとFIP特有ものとは異なり、顕微鏡でみたところ悪そうなリンパ球が散見されました。
針生検した前縦郭リンパ節も腹腔内リンパ節も同様に、悪そうなリンパ球がほとんどを占めており、この時点で高悪性度リンパ腫を強く疑いました。
確定診断のために、血液とリンパ節・胸水から猫コロナウイルスのPCR検査と細胞診検査、リンパ球クロナリティー検査を外部検査機関に依頼しました。
こちらの検査は7日~10日で結果が出るのですが、結果はいずれの検体からも猫コロナウイルスは検出されず。
細胞診・クロナリティー検査の結果は予想通りT細胞性高悪性度リンパ腫との診断でした。
最初の診察で既にリンパ腫を強く疑っていたため、その日から”多剤併用プロトコルUW25”というものに沿って、ロイナーゼ、翌日はオンコビンという抗がん剤の投与を開始していました。
”プロトコル”とは治療に使用する抗がん剤の種類や投与の量、回数、間隔などが示された計画書のようなものです。
その計画通りに治療を進め、12週目まで大きな副作用もなく順調に抗がん剤投与が行われて行きました。
13週目になりエンドキサンという抗がん剤投与が終わると、1週間後に好中球数が減少する副作用が出現しました。
さらに胸水が少し貯留してきていたため、これはエンドキサンによる治療効果が乏しいと判断して、以降はエンドキサン投与を排除したプロトコルに変法しました。
抗がん剤の投与を延期しつつ経過を確認し、その後は胸水も消失、体調も良好で約5か月間の抗がん剤プロトコルが終了しました。
現在治療が終了してから約2か月経っていますが、経過は順調です。
この先はまだわかりませんが、抗がん剤の副作用が大きくならず無事にここまでこれたことは素晴らしく、猫ちゃんも飼い主さんも本当によく頑張ったと思います。
高悪性度リンパ腫では亡くなってしまうケースも多いですが、リンパ腫は抗がん剤治療で寛解する可能性がある数少ない悪性腫瘍の一つです。
今回私が伝えたいことは、「もうやれることはない」という言葉であきらめずに病院を探し、治療をする決断をしてくださった飼い主さんの頑張りがあったからこそ今がある、ということです。
この患者さんは当初治療法はないと言われてきていましたから、飼い主さんがその言葉を鵜呑みにしていたらおそらくこの猫ちゃんは亡くなっていたでしょう。
今回は本当にFIPなのかしっかり検査して診断することの重要性、抗がん剤の効果や副作用の有無を吟味しながら治療薬を使い分けた結果が的確な治療に結び付くこと、を再認識した事例でした。
ではまた。
Case2.脾臓の悪性間葉系腫瘍
今回の症例は去勢雄の雑種犬、11歳7か月です。
主訴は呼吸が荒い、お腹が腫れている気がするとのことでした。
血液検査とエコー検査を行ったところ、原発性甲状腺機能低下症と非再生性貧血、拡張型心筋症および脾臓腫瘍が見つかりました。
心臓の状態も決して良くないのですが、脾臓腫瘍は今後、出血や播種、転移などの可能性があるため麻酔管理を慎重に行いながら手術に挑むことにしました。
これが脾臓腫瘍のエコー画像です
これは手術前の心臓エコー画像です。右房と左房が拡大しています。
幸い当院にはAcrosurgeというマイクロ波メスがあるため、大幅に手術時間が短縮できます。
無事手術は成功し、術後の心臓への影響もほとんどありませんでした。
手術で摘出した脾臓腫瘍は病理組織学的検査に出しました。
診断結果の一部を抜粋したものです。(専門用語が多く少し難しいかもしれません)
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病理組織学的診断:悪性間葉系腫瘍(Malignant mesencymal tumor)
概要:間葉系の悪性腫瘍性病変が認められました。脾実質の未分化間葉系細胞由来が疑われます。脾実質内に形成された腫瘍状部分に腫瘍細胞の増殖巣が認められています。構成する細胞は、核小体明瞭で大小不同を示す卵円形核と好酸性細胞質を有する紡錘形~多角形の腫瘍細胞で、束状配列やシート状配列を示して増殖し、核分裂像は散見されます。また腫瘍内には小型リンパ球の浸潤も少数認められています。脾被膜は保たれており脾摘により、腫瘍部分は取り除かれていると考えられます。肝など多臓器への転移には念のためご注意ください。
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つまり診断は悪性間葉系腫瘍で、脾臓腫瘍は完全切除できているとのことでした。
この結果を受けて、手術後はエンドキサンという抗がん剤による低用量メトロノミック療法を行いました。
それから約1年間、転移所見もなく経過は順調で、心臓も心房拡大と軽度の不整脈はありましたが強心薬とタウリンなどのお薬でコントロールしながら経過は順調でした。
飼い主さんと相談のすえメトロノミック治療をいったん中止したところ、1か月後に肝臓と膀胱に転移所見が見つかりました。
おそらくですが、メトロノミック療法がかなり効いていたのかと思われます。その後メトロノミック療法を再開し、血管肉腫を疑いそれに効果が期待されているI’m Yunityと雲南田七という2つの漢方を試してみることにしました。さらにプラスα治療として週1回のオゾン治療もしております。そこから4か月経っておりますが、現在腫瘍は大きくなることはなく、症状も落ち着いています。
これは再発時の肝臓腫瘍の細胞診診断結果です。
今回お伝えしたかったことは、メトロノミック療法という副作用が少ないとされる低侵襲な抗ガン治療でも治療効果が得られた、ということ。
そして治療方法は抗がん剤だけではなく、漢方やオゾンなど様々な選択肢があり、最後まで諦めなければ希望が見えてくるかもしれない、ということです。
ケースバイケースではありますが、当院ではそれぞれの患者さんあった治療やケアをご提案させていただきます。この病気だからこの治療しかない!ではなく、こういったケアもあるよ、このような緩和治療も可能です、というように私自身の知識を絞り出し、より多くの選択肢から飼い主さんが納得して治療方法を選んでいただけるように努力してまいります。
治療のことで何かお困りのことがありましたら、いつでも当院にご相談ください。ではまた。
case1.下顎の無顆粒性メラノーマ
11歳、避妊済みメスのジャーマン・シェパード・ドックの症例です。
下顎の左側に赤いできものがあったため来院されました。
できものを部分切除して病理検査に出したところ、無顆粒性メラノーマの疑いがありとの結果でした。
その後CT検査を実施しリンパ節も含めて明らかな転移所見がみられなかったため、手術にて下顎骨を切除することになりました。
こちらが手術前の様子です。
そしてこちらが術後の様子です。
手術後は痛みのコントロールを行いながら、流動食を開始。
手術で切除した下顎骨は病理検査に出し、骨浸潤は見られないという結果だったため、カルボプラチンという抗ガン剤治療とオゾン直腸法(週1回)、ルペオールの皮下注射を実施しました。
*ルペオール:キク科植物から分離されたルペン型トリテルペン。ステロイドに似た構造式を持ち、抗炎症作用、抗酸化作用、抗腫瘍効果があるとされている。犬のメラノーマと猫の扁平上皮癌で有効性の報告あり。
飼い主さんの献身的なお世話のおかげもあって、術後2か月で固形物も食べられるようになりました。
現在術後6か月ですが再発の兆候なく経過は良好です。