お知らせ・ご案内

「第1回市来の祭り写真コンテスト」優秀作品のホームページへの掲載を入賞者から原版が届き次第、随時掲載中です。ホームページ左にある「写真コンテストなど」のバナーの中に「第1回市来の祭り写真コンテスト」の項目を作り掲載しています。

2013年からから開催してきた「七夕踊写真コンテスト」を衣替えし、いちき串木野市の旧「市来」町内にある4つの祭・踊を対象として、「第一回市来の祭り写真コンテスト」を今年から開催したところ、53名の方々から240作品もの応募がありました。主催者として、応募者に対して感謝の言葉も見つかりません。ありがとうございました。

応募作品の審査については、10月15日、鹿児島県写真協会の村上光明会長を審査委員長に審査した結果、栄えある初代「市来の祭り総合大賞」には、薩摩川内市在住の久保政行さんが祇園祭の風景を撮影し応募された「晴れ舞台」が選ばれました。おめでとうございます。

 

大賞作品講評:村上光明 (公益社団法人JPS日本写真家協会会員)

「日没後のブルーモーメント(白夜)にタングステンの暖かい山車の灯が相まって祭りの宵を演出しています。魚眼レンズを使用することでデフォルメを利用して迫力満点に仕上げました。地域の輪と暑い夏の夜風が見る側にも涼しく映ります。」

 

また、各祭・踊の大賞は次の通りです。

祇園祭大賞:「ぎおんの華」坂本恵美子(いちき串木野市)

七夕踊大賞:「ウシの出番は」濱田俊浩(いちき串木野市)

川上踊大賞:「陶酔」前野淳子(鹿児島市)

虫追踊大賞:「稲穂垂れる秋」大社正照(鹿児島市)

なお、保存会長賞等各賞については、添付のPDFファイルの通りです。

優秀作品については、10月31日から11月5日迄、いちき串木野市「アクアホール」で開催される市民文化祭で展示します。

(優秀作品は、受賞者から原版が届き次第随時、ホームページに掲載します)

 

 

pdf コンテスト入選者名.pdf (0.07MB)

今年の七夕踊は、台風5号の影響により、奉納日の朝8時からJA日置市来支店の倉庫で行った太鼓踊りをもって終了としました。「市来の祭写真コンテスト」に向けて撮影の準備を万端に整え、年に一度の奉納を一日千秋の思いで待っていらした皆様方におかれましては、残念な結果となってしまいました。奉納に向けて、地域全体で準備してきた私どもも同様の思いであります。 

 

 今年4つの保存会合同で初めて開催する「市来の祭写真コンテスト」のテーマは、「平成29年に行われる祭・踊の準備及び奉納の風景」です。今年の七夕踊は天候により中止となりましたが、実行委員会としては、多くの方々に応募いただきたいことから、七夕踊に関する作品について、「今年のものに限らず過去に撮影した未発表の作品も応募も可」とすることを決定いたしました。多くの方々から作品応募をお待ちしております。 

 

 なお、8月27日に「川上踊」、9月23日に「虫追踊」の奉納が予定されておりますが、当日天候等で中止となった場合、応募に関しては、七夕踊と同様の取り扱い(過去未発表の作品に限り応募も可)とすることを申し添えます。

 

 ※応募用紙は、本ホームページの「6月21日」のお知らせにPDFを貼り付けていますので、ダウンロードしてお使いください・

 

トップページのスライド写真を変更しました。現在表示されている写真は、喜多慶治氏が昭和43年の七夕踊のを撮影したものです。氏の民俗学関係資料は、1992年に本学(神戸女子大学)図書館に寄贈され、喜多文庫と名づけられています。その内容は、全国各地の芸能を撮影したスライド9,381点、カラーネガ11,939点と白黒ネガ28,700点、現像された写真、喜多氏による調査記録のノート等から成っています。そのうちスライド全点について、撮影日時、撮影場所を付して、このデータベースで公開されており、七夕踊については、昭和43年8月7日の奉納の模様が掲載されています。

今回、このデータベースより拝借し、トップページのスライド写真としました。当時の写真を見ると、門前河原の田圃がまだ埋め立てられておらず、田んぼの中で踊っている様子も映し出されています。懐かしい限りです。

このデータベースを収めているホームページには、他にも貴重な写真が豊富に掲載されており、今後の踊継承に向けて大いに参考になることとおもいます。

また、トップページ左の「喜多文庫民俗芸能資料」のバナーをクリックすると、喜多文庫の七夕踊のページにリンクします。

2017.08.15 (Tue)  07:01

奉納踊の真髄

 

今年の七夕踊は、台風5号の影響により奉納日の6日朝8時から,JA日置市来支店の倉庫で行われた太鼓踊りをもって,今年の踊を終了としました。

 

8月6日,県下各地で行われる予定だった各種イベントは,台風接近を前に中止や延期が相次ぎました。しかし,七夕踊は,イベントではありません。奉納踊りです。当日の天気は「神のみぞ知る」,保存会では「当日の朝の天候で判断する」として,奉納に向けての準備は粛々と進めることとしました。

 

奉納ですから,踊に用いる作り物や行列ものの道具類は、当然のこととして新調した物でなければなりません。それが神様に対する誠意です。奉納日前日の8月5日,台風が接近し時折雨や突風が吹く中,大里地区の集落では,集落民皆が力合わせて,鹿・虎・牛・鶴の作り物や大名行列・琉球王行列・薙刀行列の準備に大童でした。

 

天気予報が発達した現代だからこそ,台風接近を知りうるわけですが,昔は当然ながら分かりません。大里の先人達も雨風が強い中にあっても,踊り奉納に向けての準備は進めたことでしょう。結果として,今年の七夕踊は中止となりましたが,「新しいものを作って奉納します」の誠の気持ちを神様に表すことは出来ました。「奉納できようが出来まいが,準備は粛々と進める」これが,「神に捧げる踊り」奉納踊りの一番大切なところではないでしょうか。その姿勢を神様に見せただけでも,神様は満足されたのでは。

 

農協の倉庫での奉納が終わってから翌日にかけて,作り物を作った集落では,奉納に使われなかった真新しい作り物の解体作業に追われていました。牛を作った堀・平ノ木場集落では,「はよ(早く)牛を解体して,焼肉の準備じゃ」と冗談を飛ばしながらの解体だったとか。どの集落も,鹿刺し,珍品の虎の肉,鶴鍋の材料だと言いながらの解体作業だったことでしょう。

 

また,「作る」と言うことには,もう一つの大きな意味があります。それは,作り方を集落の郷中(ごうじゅう)が後輩に引き継ぐと言うことです。一年作り方を空ければ,作り方が分からなくなることがあり,毎年作ると言うことは,技術の伝承ということからも大きな意味があります。

 

そしてまた,作ることで集落全体の団結にも繋がります。今年,9年ぶりに牛を作った寺迫集落では,牛の作るにあたって「ああじゃ。こうじゃ」と大変盛り上がり,集落の結束が大いに強まったと言います。このことは,集落民の心を一つにするために,祭(文化)は,不可欠なものであることを示していると言えます。

IMG_0298.jpg(陳ヶ迫集落の方の力も借りながらの寺迫集落の牛つくりの様子)

IMG_0350.jpg(夕方には完成)

 

「農協の倉庫で太鼓踊りを奉納したのであれば,作り物・行列物も全て揃えれば良かったのに」の声もありましたが,これは「コロンブスの卵」と同じであり結果論です。しかし,今後天候の影響で奉納できない場合も,「農協の倉庫で奉納できる」の前例となりました。

 

奉納は中止になったとは言え,収穫の大きかった年でもありました。

 

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