インフォメーション

2026 / 07 / 30  10:17

当事務所名 ~香島(かしま)の由来~

当事務所名 ~香島(かしま)の由来~

『常陸国風土記』の香島郡(かしまぐん、現在の鹿嶋市周辺)の記述は、香島の天の大神(鹿島神宮)を中心とした神聖な「神郡(しんぐん)」としての由来、美しい自然や神話、そして地名の由来を詳しく伝えています。 [1, 2]
香島郡の特徴と神社
  • 神郡の指定: 那賀国と海上国の一部を合わせて特別に置かれた「神郡」であり、神宮を支える特別な地域でした。
  • 三社の総称: 天の大神の社(鹿島神宮)、坂戸の社、沼尾の社を合わせて「香島の天の大神」と総称されています。
  • 豊かな自然: 北には沼尾の池があり、風光明媚で神々と人間が共生する空間として叙情的に描かれています。
  • 本話の舞台、香島郡は後述のように特異な成り立ちをしており、大化5. 年に那賀国から割譲された5里分(①)と、同じく海上国.『常陸国風土記』において、「香島(かしま)」という地名はこの地に降臨した神の宮の称号「香島の天の大神(かしまのあめのおおかみ)」に由来すると明記されています。 [1, 2]
  • 神話的な記述から言語的な背景まで、その由来には主に以下の3つの側面があります。
1. 風土記が伝える「神話・宮号」由来説
『常陸国風土記』の香島郡の条では、天地開闢(てんちかいびゃく)の時代に、諸々の神の先祖である天神(天寿留美命・天寿留支命)が高天原に八百万の神を集めた神話が語られます。 [1]
  • 天での名: 高天原では、この地を「日の香島の宮(ひのかしまのみや)」と名付けました。
  • 地での名: 地上に降り立ってからは「豊香島の宮(とよかしまのみや)」と称されました。
  • このように、天から降り立った大神が「香島の天の大神」と称されたことから、その名をとって「香島(のちの鹿島)」という地名になりました。 [1, 2, 3, 4]
2. 「鹿島」への表記の変化
古くは風土記の通り「香島」や「香嶋」と書かれていましたが、のちに「鹿島」の文字があてられるようになります。 [1]
  • 723年の『続日本紀』の記述が「鹿島」の初出とされています。
  • 鹿島神宮の御祭神(武甕槌大神)が、奈良の春日大社へ移る際に白鹿に乗って旅立ったという伝説など、神の使いとしての「鹿」の信仰が文字の変化に強く影響したと考えられています。 [1]
3. 言語・地理的な由来(有力な民間・学術説)
風土記の神話的な記述とは別に、実際の古代の地形や言葉の響きから生まれたとする現実的な説もあります。 [1]
  • カシシマ(梶島・杭島)転化説: 最も有力視されている説です。古代のこの地は海や湖に囲まれた島状の地形で、船を繋ぎ止めるための杭(カシ)が林立する港湾(シマ)だったことから、「カシ・シマ」が縮まって「カシマ」になったといわれています。
  • 神嶋(かみしま)説: 神の住む神聖な島「神嶋」が訛ったという説です。 [1, 2, 3]
『常陸国風土記』に登場する「日の香島の宮(ひのかしまのみや)」は、香島の神が天から降臨した際の神聖なルーツを語る、非常にスケールの大きな天地開闢(てんちかいびゃく)の神話です。風土記の記述に基づき、その内容と象徴的な意味を詳しく解説します。
神話のあらすじ:天での命名から降臨まで
  1. 天神の集会: 天地が初めて分かれ、草木がまだ言葉を話していた大昔、高天原(たかまがはら)に天の神(天寿留美命・天寿留支命)が八百万の神々を集めました。
  2. 天での命名: 天神は、自分の子孫にあたる神を地上に降らせるにあたり、その拠点をあらかじめ天の上で「日の香島の宮」と名付けました。
  3. 地上への降臨: 神が天から下界へ降り立ち、実際の地上の宮を建てると、今度は「豊香島の宮(とよかしまのみや)」と称されるようになりました。これが、現在の鹿島神宮の起源とされています。
「日の香島の宮」という名の持つ意味
この名には、古代の人々がこの地に対して抱いていた特別な信仰と世界観が込められています。
  • 太陽(日)の昇る東の果て: 畿内(大和朝廷の中心地)から見て、常陸国(特に香島)は日の出を迎える最東端の聖地でした。天平時代の東国の人々にとって、「日(太陽)」を冠する名は、東の果てにある光に満ちた神聖な場所を意味していました。
  • 天と地が繋がる場所: 天上の「日の香島の宮」がそのまま地上の「豊香島の宮(豊かな香島の宮)」へと写されたという物語は、この地が天界と直結した至高の聖域であることを示しています。
誰でも簡単、無料でつくれるホームページ 今すぐはじめる