メモリーズ(活動内容)
指定なし
「緑の血を注入してきました!②」(2021.4/1-2横浜/東京遠征記)
→写真は、4/1試合後、沢山のおみやげを持参してわざわざ応援に駆け付けてくれた、教え子、中西規真氏(横浜YSCCでプロ選手としてプレー※キャプテンも務める→現・横浜Fマリノスコーチ)と一緒に!
(続きです)
〈東京遠征記Ⅱ〉
「やったぞ、これでやっと解放される」と思ったその瞬間、隣のグランドから5・6人の人影が…。
そう、それは隣のグランドで行われていたTOPチームの練習が終わりクラブハウスへ戻ろうとしていた、与那城ジョージさん・都並さん・ラモスさん・戸塚さん・松木さん・小見さん達だったのである。
彼らは皆、日本代表の中心選手であり、当時の日本の中で間違いなくトップレベルのテクニシャンであった。(現在の少年に分かりやすいように置き換えるならば「俊輔・高原・稲本・小野・サントス達が来た」というような感じであろう)。
彼らが、練習が終わったその帰りにもかかわらず「おっ、面白そうじゃん!一緒に遊ぼうぜ」と言いながら入って来たのである。(今思い返せば、こんな方々に直接色々と教えて頂けるなんて最高の幸せである、と有難い気持ちでいっぱいになるが、その時の私にすれば最悪な展開だった…)。
そしてその後、私の「汗・涙の量」と「オニの回数」が正比例して増加していった事は想像に容易いであろう…。
「うまい!!」
皆、ふつうの人が手を使ってやるよりも上手に足でボールを扱う。特に与那城さんやラモスさんの足首の柔らかさは、「あれはゴムでできているのでないか?」と、その夜眠れなくなる程の衝撃であった。
彼らの足下にある(地面にある)ボールを奪いにいくと、彼らは足首のスナップのみで、そのボールをちょうど私の背よりも少し上にフワリと上げ、その後、私の背後に落とし、体を入れ替えている(完全に抜いた状態になっている)のである。
今度は上に気を付けてボールをとりにいくと、速すぎてよく見えない足の動きで股の間を抜かれる。もちろん、抜かれようと思っている訳ではないのだが、私の足は彼らの思い通りに動かされ、あっと思った瞬間には、ボールは股の間を通っているのである。
ブラジルでは、股の間を抜かれる、頭上をループ的に抜かれる、という事が最も大きな屈辱なのである。当時、負けず嫌いなブラジル人や先輩相手に、運良くこの股抜きや頭上抜きが成功してしまったならば、必ず、その抜き去る途中で顔面に「ヒジ打ち」を受けるか、更に運良くそれをかわせたとしても、その1秒後には背後から、ふくらはぎにスライディングを受けるハメになる。
それがいいとか悪いとかの話ではなく、当時のピッチ内には「サッカーで負けるくらいなら死んだ方がましだ」という雰囲気が常に充満していた。(不思議な事に、いつも練習が終わったら皆で仲良く遊びにいくのであるが…)。
試合中でも、いいスペースにいいタイミングで動いて声を出せばパスは来る、と思っていたら一生ボールがくる事はない。
「こいつにパスした方がチーム(自分)が得をする」と味方に判断してもらえない限りパスはこない。どれだけいいところにいてもボール保持者は、絶対にそれをおとりにして自分で行く。
ではどうしたらいいのか?
少し『ボール回し』の話に戻ると、「ボールを奪い返すディフェンス力(読む力)」それから「ボールを失わないキープ力」「いいリズムでボールを回せる技術」「相手をおちょくれる程(股抜き等)のテクニック」等々を前述した“最高のお手本達”から学びながら身に付けていく事ができると、あれほど辛かった地獄が、今度は楽しくてしょうがない天国へと変化していく。
試合の時も同じ事が言える。
要するに「地獄に居続ける」のか「天国を味わえる」のかは全て自分次第なのである。
誰も手を差しのべてはくれない。
攻守に渡り「常に研ぎ澄ました状態」でいないと1回もボールに触れずにその日の練習が終わってしまう、なんて事も起こり得るのであった…。 <続く>
(長くなりすみません。次回は必ず本題=試合内容にはいります!)
「緑の血を注入してきました!①」(2021.4/1-2横浜/東京遠征記)
SVIC FAメンバーを引き連れての二度目となる横浜/東京遠征でした。
まずは、初日に最高の環境(新横フットボールパーク人工芝G)で我々を迎え入れてくださった伝統ある強豪チーム(六浦毎日SC/港北SC/かながわクラブ)の皆様、誠にありがとうございました。
そして2日目、聖地“ランド”にて待ち構えてくれていたのは、2020シーズンJリーグ最優秀育成クラブ賞を受賞したあの緑の軍団でした。彼らからは試合を通じて「個人で逆をつく」ということだったり「チーム全体で自分たちの思い通りに敵を動かす」といった〈駆け引きの楽しさ〉を存分に教えてもらいました。東京ヴェルディの選手・スタッフ・保護者の皆様、この大変な時期に試合に呼んでくださりありがとうございました。皆様のお蔭でとても貴重な経験を積むことができました。
→写真は1日目試合前のもの。(先日、日本代表が熱戦を繰り広げた日産スタジアムの前で集合!)
ここでいきなりではありますが、時は巻き戻され十数年前にタイムスリップすることに…。
(ここからの文章は、かつて私が今回の遠征同様、中1の教え子たちを連れてヴェルディJYに挑みにいった時の模様を当時のHPに掲載したものであります。私が指導者になってからはこういった体験を自分の選手にさせてあげたいという思いから何度も読売ランドに足を運ばせて頂いておりました。→現在二人揃ってセレッソ大阪で活躍している松田陸・力選手も小学生の時に2.3回連れていっていたのでした…)。
すでに当時のHPはなくなっていて、今回たまたまその原稿が出てきたということもあり、ちょうど良いタイミングだったので、再掲載させて頂きます。
是非ともみてやってください。
〈東京遠征記 Ⅰ〉
懐かしの場所へ帰ってきた。その名は聖地“ランド”。
ここは私が小3から高3までの約10年間、毎日通い続けた場所であった。文字通り本当に毎日であった。当時は、休みってあったっけ?=週7日休みたくない、という感じであった。
そのきっかけは、地元チームで少し天狗になっていた私に(井の中の蛙になってはいけない。もっと上には上がいるんだということをしらしめるという意味合いで)、父がこの読売クラブの練習に連れて行ってくれた、ということであった。
初めてその練習に参加した時のことは、40年以上経った今でも忘れることができない。
まずそれはボール回しから始まる。遊んでいるのか練習が始まったのかの境界線はないのだが(おそらく練習が始まっているのだとは思うが)、そのボール回しのオニから始まる。はじめに来て、まずこの“オニ地獄”から簡単に抜け出せる選手は皆無だろう。パス○本回される、もしくは股抜きをされる、で2重オニとなるのである。外側にはコーチを含め全員そうそうたるテクニシャンが揃っている。必然的に私の鬼は2.3.4.重→10重のように増え続けていった。これは本当に地獄だが、かわいそうだから減らす、なんてことは絶対に有り得ない。己の実力で外に出るしか道はない。何とかその借金の10重オニを返済し外へ出てボールを回す側へまわるしかない。親や周りの誰かが助けてくれるなんて甘さがあれば一生、中のオニで終わるだろう。
そこで〈自分で考える(考えなければ死んでしまう)〉という習慣が嫌でも身につく。だってそうしなければ死んでしまうのだから。(これはオーバーな表現ではなく、初めの練習で諦めてもう二度と姿を見せないなんていう選手はごまんといた)。私も何とか死に物狂いでディフェンスを頑張りボールをカットし借金を減らし、外へ出てボールを回す側に立つことができた。
そして「これでやっと解放される」と思ったその数分後、更なる地獄が! …続く
最近、最高に嬉しかった場面②
ここ最近、最高に嬉しかったこと第2弾は…
SVIC FAに三男が誕生したこと!
長男(主に新U-12/11)が生まれた時の感動は一生忘れないだろう。
→先日の神戸ライオンズ新人戦で神戸市ベスト8に入る健闘を見せる!
次男(主に新U-10)もまた言葉にできないほど愛おしい。
→年末年始にかけ怒涛の大会4連覇!
そして、最近生まれた三男(主に新U-9.8)は、これまた目に入れても痛くないくらい可愛い!
→写真のこの日の試合ではなんと全員がゴールを決める活躍。(各自決めたゴール数を手で表しています)。
最近、最高に嬉しかった場面①
ここ最近、最高に嬉しかったことは…
陸&力が、日本最高峰のプロリーグで同じユニフォームを着て一緒のピッチに立ってプレーしたこと!
二人のここからの更なる飛躍に期待しています!!
(またSVICメンバー皆で応援に行こうね~)。
2021も挑戦の一年に!③(2021.1.17)
ASAHI CUP(U-9) 優勝。
年長・1・2年生も大会に初挑戦!