メモリーズ(活動内容)

指定なし

2021-07-26 11:52:20
SVIC FA 集合写真2021.5.5.jpg

〈2021神戸市リーグ戦〉も頑張っています!

登録2年目の2021シーズンは、1部(U-12) / 3部A(U-10)リーグで2チーム出場し、先日、前期リーグ全日程を終えました。

両チーム共に、全選手がそれぞれのいいところを出しながら上位リーグ進出を決めてくれました。いつも頑張ってくれている

選手・保護者の皆様、相手をしてくださるチームの皆様、ありがとうございます。

(後期リーグは神戸市の各地区のベスト4チームと対戦できるので、楽しみがまたひとつ増えました!)

2021-06-21 13:03:46
第3位2021.6.12.jpg

大会3連発でトロフィー4発!!

6/12(土)ASAHI CUP
天然芝Gという最高の環境の中で全員伸び伸びとプレーしてくれていました!(U-12:第3位入賞/U-10:優勝)

6/13(日)KOPA KASAI
AMIZADE神野さんを筆頭に、多くの魅力あふれる選手たちと一緒にプレーできました!(U-12:4位/U-10:優勝)

6/19(土)エスコCUP
正覚寺さん、サルヴァジソウザさん、京都クレストさん、SSクリエイトさんなど、個々の技術・戦術が非常に高い                                                                                         大阪や京都の強豪チームに揉まれてきました!(U-12:5位/U-10:優勝)

 

2021-05-03 11:00:02
4.2ヴェルディとの試合中.jpg

「緑の血を注入してきました!⑤」 

 〈東京遠征記 THE FAINAL〉

→写真は東京ヴェルディとの試合の模様(4/2@読売ランド)

 

そう、なつかしの「あれ」が、突然、始まった。

すっかり油断していた自分が悪かったのだが、4人に囲まれ私がオニでスタートした。

私もそう簡単にはやられない自信はあるが、彼らもJ1のヴェルディ・コンサドーレ・ヴィッセルなどで活躍していた面々である。序盤はあの初めて練習に参加した時の雰囲気に陥りかけていた。

しかし、何とか踏みとどまり、パスカットし、外に出てパス回しの流れに乗り、股を抜き返すという反撃にも出ていった。

よしいい流れだ、と思った矢先、彼らは4人は〈非情なルール〉を使ってきた。

それは、私が外に出ると、私以外の3人はオニの後ろに隠れ、パスコースをなくす。そして私がオニになるとコートいっぱいに広がりボールを回す、というイジメルールであった。

 一見、手の打ちようがなく諦めるしかないルールなのだが、落ち着いて考えると突破口はある。外でボールを持った時、パスコースはないが、まずはボールを奪われなければいい。そしてオニの後ろに回りその後ろの誰かにボールをぶつければいいのである。

 オニの時には、パスコースを読む、そしてインターセプトできなくても、ある程度読みが当たれば、次の選手のところへ、ダイレクトで蹴らせない間合いまで全力で寄せる。ワントラップさせれば1対1に持ち込む事ができ、何とかなる。

 小学生の時からこんな遊びの中でも皆「絶対に負けまい」と色々な駆け引きを行っていた。

 そしてこんなイジメルールという逆境の中でも、「落ち付いて対応すること」や「諦めず突破口を見出すこと」も学んでいた。

 

話はまた違った方向にとぶが(もう皆さん慣れてくれていると思いますが)、先日、高校の大会を観戦していた時の話である。

チームの中心選手と思しきボール保持者が、周りのサポートがなくボールを奪われてしまった時に「お前らもっとパスコースをつくれ!」と怒っている場面を何度も見かけた。

彼が言っている事は間違ってはいない。しかし、見方を変えると、その選手に「ボールを奪われない技術」と「自分で状況を打開する技術」がない、そして「囲まれてしまうという判断の悪さ」がある、とも言える。

もちろんボールを持っていない時の動きが大事なのは言うまでもなく、その動きの量が試合結果を左右する、と言っても過言ではない。しかし、自分で打開できない選手(厳しい言い方をすると「待っていれば周りが何とかしてくれる」と思っている選手)が11人いたらそのチームはどうなってしまうだろう。

 

サポートがない・スペースがない・時間がない…。

ないものは考えて創るしかない。

その〈考えて創ること〉がサッカーの一番楽しい部分でもあり、それを(自分でできるように)させていく事が、指導者の一つの大きな使命であろう。

 

指導者の使命と言えば、何年か前に雑誌か新聞かは忘れたが、発展途上国への支援についての記事があった。

そこである指導者の方が言われていた言葉がずっと頭の片隅に残っている。

「金や食料などの物質を送っても結局何ヶ月かしか、そこの人々は食べる事ができない。私はたとえ数年かかったとしても、畑(野菜)の作り方・田んぼ(米)の作り方・魚の採り方を教えて来る。そうすれば彼らは一生食べていく事ができるだろう」。

 何に対する指導でも同じ事が言えるような気もする。

 

……と、こんな長話をしている間も、実はまだボール回しは続いている。

すっかりと、つるべ落としの秋の陽は暮れ、選手達は試合後のクールダウンを終え、借りたロッカーをきれいに掃除し、少し離れたところに停めてあるチームバスの前で寒そうに待っている。そのバスの鍵は私のポケットの中である。

わかってはいる。でもまだこのままでは終われない。

そして、さすがに皆疲れてきたのか「じゃあラスト、20本パスが回るか股抜きが決まったら終わろう」ということになり、最後は私の股抜きが運良く炸裂し、ゲームは終了した。

抜かれたそのコーチは、(「しまった、もう試合をしてもらえないかもしれない」と一瞬思ったくらい)本気で悔しがっていた…。

 

翌日にも、いい選手がたくさんいるFC東京さんに胸を貸して頂いた。

1泊2日での強行日程ではあったが、この両チームのおかけで貴重な経験を積むことができた。

 

「そして神戸」に向かった。

バスの運転は慣れているし、二人いるので交代で寝ていけるから大丈夫だ、と思っていた。

が、この考えは甘かった…。

バスの中は、例えるなら、猿・犬・鶏・ライオンの子供達をそれぞれ6~7匹ずつ、同じ檻にいれて上野動物園から王子動物園まで運ぶとこんな感じになるのか?という感じであった。

 結局、我々二人は一瞬たりとも寝させてはもらえなかった。

 

兎にも角にも、こうして自分の〈原点回帰〉ともいえるこの遠征は無事に終了した。 

腰には「少しの運転疲れ」を、両手には、持ちきれない程の「多くの収穫」を抱えて。

 そして、この愛すべき愉快な仲間達に出会えた事に感謝しつつ…。          <完>  

 

    文責 猪股 洋陽

 

 

何と大好評につき、この東京遠征記が、主演:小栗旬(私役)で映画化されることが決まりました! GW公開予定!!

(言うまでもありませんがウソです…)。

 

 

 

 

 

2021-04-27 23:21:28
「緑の血を注入してきました!④」 

「緑の血を注入してきました!④」 

〈東京遠征記・最終回〉

 →写真は、4/2、試合後、ヴェルディの選手達との挨拶の場面。(こんなに伝統あるチームの皆さんが、まだまだできたての我々を迎え入れてくれてありがとう!)

 ※実は今回一緒に帯同してくれた左端にいる翼コーチも、中学時代に一緒にここに来ているのである…。

  

 前回「楽しくてしょうがない」と言って終わったが、トレーニングやゲームの中で、選手達のプレーが成功した場面を目の当たりにした瞬間が最も嬉しく楽しい。
 成功といっても人それぞれ様々な概念があるとは思うが、自分としては「選手達が自分で何かを考え、それにチャレンジした時」を成功と捉えている。
 その結果がうまくいったか否かはどちらでもいい。
 うまくいった場合はそれを自信にして更に大きくトライしてくれればいいし、うまくいかなかった時には「どうしたらうまくいくのか?」を考えるいい機会を得る事ができる。

 突然話は変わるが、私は車にカーナビをつけない。
 その理由の大半は、つけるお金がないという事だが、もう一つの大きな理由は「どうせルート通りには行かない」からである。
 もっと他の道はないのか?もっとこっちの方が近いのではないか?と進んでいってしまうのである。だから道に迷う事も多々あるのだが、それと同じ位「もっといい道(=近道であったり渋滞しない道であったりする)」も発見する。
 また、最初に行こうとした目的地と着いた場所は違うが「思ってもいなかった楽しい場所」を発見する場合もある。

 最近、トレーニングにおいても同じような状況を楽しんでいる時がある。
 前者の「もっといい道」の例では、オフェンスの場面での1対1の中で“相手が自分よりも完全に足が速い場合、どうやって勝つか”というテーマでトレーニングをした時がある。
 色々なルール設定を工夫したり、こういう場合はこういう方法もあるよ、等といったアドバイスも与えながらトレーニングを進めていく。そして、自分でもある程度の到着点は分かっているつもりだが、そこへ着くまでの色々な道(方法)を新たに発見する事も多い。時には選手達から教えてもらい、なるほどなあと頷いている時もある。こういう時もまた違った楽しみを味わえる瞬間である。
 また、後者の「思いもよらなかった場所」の例としては、“オフザボールでの1対1のディフェンス”をテーマにトレーニングを行った時。
 途中、相手がこうだったらどうする?こういう状況に変わったらどうする?と色々条件を変えたり加えたりしているうちにテーマも“オフザボールでの1対1”→“数的有利の作り方”→“数的不利な時はどうやって守るか”等にどんどんと変化していった。到着点は予定とは違ったが、実践に即した内容のテーマに辿り付き、これはこれで楽しめた。
(思えばこの文章自体にも同じ様な事が言えるような気がしてきた。それがいいのか、悪いのかはわからないが、新しい発見が増える、という事を自分で楽しませて頂いているが・・・)

 これは余談だが(「ほとんど余談じゃねえか!」と怒られそうだが・・・)、ピッチ外においても色々と楽しませてもらっている。
 以前、練習の解散場面において最後に「さようなら」と締めくくったところ、ある選手に肩をポンとたたかれ「コーチ、これはさよならじゃないさ、きっとまた会えるさ!」と言われた。それ以来、解散時の挨拶は「また会えるさ!」に変わった。
 また、ウォーミングアップか何かをしている際に、全員バラバラじゃないか!と注意したら「みんな違ってそれでいい、人間だもの」と言い返された。それ以来、まあみんな違ってもいいのか、と思えてきた…。
 なぜこのような愉快な(変わった)選手が多いのかと、この4月からずっと頭を悩ませていたのだが、先日、保護者の皆様が開催して下さった忘年会に参加させて頂いた時に、選手達の親御さんの“ノリの良さ”を観た瞬間、その理由が明確になった。

 さて、最後に、再び話は戻り10/20(土)1800 ヴェルディG
 沢山の実りある経験を積む事ができた試合を終え、相手チームとの挨拶を交わし、さあ旅館へ帰ってお風呂にでも入り翌日のFC東京戦に備えるか、と考えていたその瞬間、ボールを持った4人のヴェルディコーチ達に囲まれてしまったのである。
 しまった、と思った瞬間にはもう遅かった。何と、あれが始まったのである!!    ……続く。 

 

えーッ、最終回ってなっていたのに!?
(すみません。あと1回、1回だけお付き合い下さい…)

2021-04-24 21:30:40
「緑の血を注入してきました!③」 

「緑の血を注入してきました!③」 

 

〈東京遠征記Ⅲ〉

→写真は、4/2AM8:00 ヴェルディグランド到着、試合準備の様子。

 

つい、この場所に来た懐かしさから当時の色々な事を思い出してしまった…。

これだけの凄い選手達から直にプレーを教わる事ができた事、そして当時のコーチであった千野さん(現・柏レイソルU-15監督)・竹本さん(前ガンバ大阪監督→現柏レイソルGM)・小見さん(元東京ヴェルディ監督)・鈴木さん(元ベガルタ仙台監督)、松木さん(元ヴェルディ→セレッソ監督)といったそうそうたる方々からご指導頂いた事は、選手当時はもちろん、指導者となった今もかけがえのない〈財産〉として自分の中に残っている。

あの最初のボール回しの時には強く恨んだ「父の判断」に、今はひたすら感謝・感謝の毎日である。

そして今度は自分が、今、関わらせて頂いている全ての選手達に、将来「財産」となるものを残させてあげたい。毎日グランドに出ている時、考えているのはそれだけである。(しかし、その為にはまず自分自身をもっと磨かなければ…)。

 

 

 

 ※注 『 』内はあとからの付け足し部分です。

 

 

 

 

 

『松木さんといえば、先日兵庫県に講演会に来られた時のエピソードもあります。以下ご覧ください。

 

先日、兵庫県内で開催された松木安太郎さんの講演会に顔を出した。松木さんは私が高3の時の監督であった。

(現役引退後、指導者になられた最初の年であり、当時、松木さんと同じ右サイドバックのポジションだった私を期待してよく使ってくれていた)。

講演前、関係者の方に「松木さんにお会いしたいのですが」と告げると、(お前のような奴を中に入れる訳にはいかねぇんだよ、という)大変険しい顔で対応される…。

しばらく待たされた後、松木さんからのOKが出るや否や彼らの態度は豹変。私への扱いが、急遽、VIP待遇へと変わる。(人間って、一瞬でここまで変われるのか?ということに驚く)。

控え室内で、色々と昔話で盛り上がりながら、開演1分前位までご一緒させて頂いた。

そして講演が始まる。

笑いあり、感動あり、ためになる話あり、という盛り沢山の内容であった。

しかし、途中、嬉しくも困った事態に陥る。この後、中学生のTRがあった為、会場を後にしようとしたその瞬間、講演中の壇上の松木さんから「いの、どこにいる、立てよ」とのお声が掛かる。色々と私の紹介や宣伝をしてくれ嬉しかったのだが、皆からの注目を浴び、非常に途中で抜けにくい状況に…。(結局、TRには少し遅れてしまった)。

別れ際、松木さんは携帯で私の写真を撮りながら番号を登録してくれ、「こうしておくと、すぐにお前からって分かるからな」と言ってくれた。大したことではないかもしれないが、自分よりも下っ端の者をも大事にする、ということをさりげなく実行されていた。もちろん私は大変嬉しかった。そういった空気が周囲に伝わるから、松木さんは皆から愛されているのだろう…。』

 

 

さて、やっと話は戻り、本題に入る。10/20(土)14:00ヴェルディG。

到着した選手達は、近代的なクラブハウスや隣のグランドでトレーニングをしているTOPやベレーザの有名選手を見て「あっちに何々!」「こっちに誰々!」と、完全に、初めてディズニーランドに遠足に来た小学1年生のように浮き足立っていた…。 

試合の方は、立ち上がりすぐにサイドを崩されGKと1対1のピンチに。ここは何とかGKのナイスセーブで凌ぎ、その後はチャンス数・支配率的にもほぼ互角の0-0で1本目を終える。2本目以降は相手がひとつギアをあげて来て、ボール・スペース・時間、全てにおいて支配されていった。結果は0-1 1-2 0-0(25分×4本)。翌日のFC東京深川戦も同じ様な内容で0-1 2-3 0-3(30分×3本)。

この両チームとのゲームを通じて、肌で感じた率直な感想は「相手は1歩先をいっていた」という事である。

例えば、オフェンスの場面での1対1。我々はその目の前の1人を抜く・奪われない、という事で精一杯であるのに対し、彼らは目の前の1人に奪われない事は当然として、更にその先のカバーの2人目のディフェンダーの位置や状態も観ながら、次にどこへボールを動かしたらいいのか、を考えながらドリブルしている。

また、パスの場面でも同様に、うちは目の前の選手にパスをつなげればOK、うまくいって次の3人目が絡める、と言った具合なのに対し、相手は3・4人の中盤でテンポ良くボールを回しながら前線の選手が、次に空いたスペースで受けたり、味方が使う為のスペースを創ったりする、つまりは「5人目・6人目の動き」ができているのである。

ディフェンス面でも相手の方が個々の技術・戦術眼が高く、場面・場面でいい対応ができるのはもちろんだが、「次にどうなりそうなのか?」「どこが危ないのか」というところまで考えている。(こういう面はイタリアのチームと対戦すると更に勉強になるが!)

結果からみても、完全に届かないところにいる、という程の差がある訳ではない。しかしこの「1歩先にいる」というのは実はかなりの差なのである。マラソンでいうなら「先頭集団」と「その次の集団(ここから優勝者はでない)」くらいの違いがある。サッカーの試合中でも相手より1歩速ければ、ほぼ全ての場面で勝てるだろう。(これは人生全てにおいても言える事かもしれないが…)。

但し、ここが今回最も言いたい事であるが、だから我々はダメだ、という事が言いたいのではない。当然ながらその逆である。確かにまだまだ大きな「差」はあるが、それは今から追いつき追い越せばいい、それだけである。

私自身は、彼らに足りない点・課題が多い事を「まだまだ伸びしろが多い=今後伸びる可能性が大きい!」ととらえている。そういう意味でも、毎日彼らと一緒にトレーニングする事が楽しくてしょうがないのである。 ……<続く>

 

 

 

 

 

 

次回、ヴェルディとの試合後に、なんと「コーチ(私)が囲まれる」という大ピンチに!!

一体どうなってしまうんだ?

 

 

 

※次回、「まだ終わらせないで!」という多くの声を振り切りながらの最終回です。(えっ? 誰一人そんなこと言ってないだろ! って…)。