一言法話

2021-08-21 00:00:00

29.供養と回向

 

北海道としては考えられない暑さから、お盆に入り一転、涼しい夏となりました。
お盆中、たくさんの檀家さんやそのご親戚が参拝されました。小さいお子さんも手を引かれ、本堂では本尊様に、納骨堂ではご先祖様に手を合わせる微笑ましい姿を見せてくれました。日光院では昔からお盆の13、14、15日に本堂にて30分毎に塔婆供養を行い、お申し込みいただいた方それぞれのご先祖様へご回向(えこう)をさせていただいております。
塔婆供養の「塔婆」につきましては、この一言法話の「14.塔婆について」にて説明させていただきましたのでお読みいただければと思います。

今回は「供養」と「回向」ということについてもう少し詳しくお話いたします。「供養」という言葉はご存じの方が多いかと思います。「回向」はどうでしょう?人によってはあまり馴染みのない言葉かもしれません。また「供養」と「回向」を同じ意味だと思われる方もいらっしゃるように思います。そこで今回は「供養」と「回向」の意味についてお話ししたいと思います。

まず「供養」ですが、この言葉は「供給資養」を略したものです。「供給」はまさしくお供えする行為、「資養」とは相手を大事に思い、助け養おうとする心です。ではその供養をする相手とは誰でしょう?皆さまはきっと「それはご先祖さまです」「亡くなってしまった私の(夫・妻・父・母)です」こう答えられるかと思います。この答えは今の「供養」の言葉の使い方としては間違いとは言えませんが、本来、供養する相手とは悟りを開かれた「仏さま」です。お寺にはご本尊や何体かの仏さま(特に真言宗の寺院には様々な)がお祀りされ、ご自宅のご仏壇には高野山真言宗の檀家さんですと、大日如来、不動明王、お大師さまといった仏さま、お祖師さまがお祀りされていると思います。そういった、仏さま、お祖師さまに対して様々な捧げものを心を込めお供えすることが「供養」です。ちなみに読経することは「敬供養」といいます。
こういった「供養」という善き行いをすることにより私たちは功徳を積むことができると仏教では考えます。俗っぽい言い方をすれば、私たちはこの世で善い行いをすることにより自分の中に功徳というポイントを獲得できるわけです。またその功徳というポイントは、自分の為だけに使うのではなく、この世を旅立たれた方々へ譲り渡す、回し向けることができるとも仏教では考えるわけです。このことを「回向」というわけです。