日記
LOVE SONG
平沢進というミュージシャンをご存知でしょうか。
表には出たがらない雰囲気を持ちつつ、おそらく断トツの実力者。
他に、いくつかの名前を持ってご活躍もされてこられた方で、音楽著作権のあり方にも疑問をもち、全てを自分で成し遂げておられる感の強い方。
プロレスラー長州力さんの入場曲を作ったことで有名ですが、他にも、三重県のパルケエスパーニャにあるアトラクション、ロストレジェンドの音楽を担当されたり、NHKのみんなの歌にも楽曲されたり、パプリカ、妄想代理人、千年女優などのアニメの楽曲も。
とにかく多彩にご活躍されている方なのですが。米津玄師さんや星野源さんからも一目置かれているプロ中のプロ。この方の、LOVE SONGという楽曲がありまして、聞いていますと、単に色恋沙汰のLOVE SONGとは思えない歌詞と旋律、旋律はメロディーの意味のみならず、驚いて震え上がってしまうような意味の方の戦慄、なにかを秘めている、伝えているような、奥底に秘めているものを感じまくりで、どうにも惹きつけられるばかりです。
歌詞を記してみますと、
天を朱に染めて 呼んでいる
あの声 千里 遠く越えて 降る 雨
しんとする夜に 千の夢育てた
天使のように泣く 声 声
拳に陽を受けて
病んだ日を迎える
戦士のように立つ
あの 子ら 信じては眠り
前途キミに在れと
念じては歌う 声 声
花に咲く LOVE SONG
風に吹く LOVE SONG
波に立つ LOVE SONG
人に泣く LOVE SONG
花に咲く LOVE SONG
風に吹く LOVE SONG
波に立つLOVE SONG
人に泣く LOVE SONG
花に咲く LOVE SONG
風に吹く LOVE SONG
波に立つ LOVE SONG
人に泣く LOVE SONG
歌詞終わり。
やはり、色恋のLOVEとは違うレベルの内容で、天を朱に染めて、の1行目から、もう違っています。
拳に陽を受けて 病んだ日を迎える 戦士のように立つ あの 子ら
優しい旋律の中に響く歌詞は、兵隊ではないのに戦うこどもたち、を想起させるのです。
気になって調べてみますと、平沢さんご自身がこの曲を自身で発表し、
mp3ダウンロードできるようにした時に(そう、この方は著作権から自らを解き放ち、自分で配信できるようにmp3を初活用した方でもあるのです)
書かれているメッセージを見つけました。
殺戮への抗議配信
リスナーの皆さんへ
当然のことながら、皆さんは常に私のメッセージから自由です。戦争について、皆さん自身の考えを持ってください。 今まで私は人道的な抗議行動や、政治性を帯びた行動には距離を置いてきました。背景に政治的な利害や、おめでた平和主義が隠れているものに情緒的に賛同すれば、正しいことをしていると感じていても、目に見えない「いけない事」に加担してしまう可能性を感じたからです。 9・11以降の世界は正気を失いました。確証が無いままに手際よく憎悪を向ける相手を提示され、正気を失わせる恐怖と憎悪は多くの人々を殺戮に同意させてしまいました。そして今、人々が正気を取り戻し始め、平和的手段による問題解決を望む中、アメリカは国際法秩序を無きものとする殺戮を開始しました。 このような差し迫った危機を目の前にして、もはや距離を置くことは私にはできません。今、この法秩序を無視した殺戮を許せば、その後の地球は無法地帯になりかねないのです。 私はこのような殺伐とした状況の中でアルバムを作ることになりました。準備に際して訪れたカンボジアでは、大虐殺の痕跡と、今もなお被害に苦しむ人々や、命をかけて殺戮の後始末をする人々を見ました。見上げた遺跡の石像は激怒しているかのように見えました。「正しいか、正しくないか迷っている間に、次々と人が殺されてゆく」と。そこで私は、情緒的であろうとなかろうと、こみ上げる感情に素直になり、きっぱりと意思表示をしようと決めたのです。 国家は利害で動きます。自分の属する国家が結果として殺戮を容認する姿勢を見せようと、国民の一人として私は、「それには同意しない」と、今ここに反戦の意思を表明します。 平沢 進
何か、腑に落ちた気持ちがしました。
なにかが私、私どもアイパートナーの存在する理由、根底にあるものと共通している感じを受けます。例えば私どもの仕事が、日常生活用具を最も紹介する立場の仕事でありながら、決して販売業者にはならないのも、なにか同じかもしれません。販売業者さんを否定しているのではなくて、アイパートナーが販売業者になっては、自分たちのポジションではなくなってしまうのです。
もちろん、表現者としての存在では、この方のなさっておられることには遠く及ばない不自由さが我々にはありますが。
平沢進さん、この方の作品って、いちいち難しいのです。
なにを描いているのか、がすぐには読み取れないような絵画とでもいうのでしょうか、そんな感じに引き込まれる曲が多いのですが、本人には確実に可視化されているものがあって、それを音楽で表現するとこうなる、みたいな。書いてわかるなら音楽はしない、詩だけでわかるなら楽曲にはしない。簡単にはわからないから音楽という表現を使っている、というような深みを素人でも感じます。
いろいろとかけ離れている、のですが、このかたがちょっと世間に寄り添うような楽曲をするととんでもないことになりそうな気がします。
ちょっと今日は気になる歌詞、曲について書きました。
さて、今日も暑いです、ここのところ毎日ですが。
今や、札幌もエアコンつけて当たり前になってしまったのですね。
引き続き、体調に気をつけて、今日も1日を過ごしましょう。
では、また明日 by 永瀬 賢