日記
節穴の富士
葛飾北斎という絵画の巨匠をご存知かと思います。
1760年生まれ、1849年の没年ですので江戸時代を89歳か90歳あたりまで生きた方です。
彼の遺した富岳百景という絵画集に、節穴の富士という作品が収録されています。
この絵画、他の作品と趣きが違っていて、外の景色ではなく、屋内の様子から富士山を描いています。
襖、廊下、襖、畳部屋の順に、屋内の様子を少し高いところからのぞいているように描いています。
廊下には丁髷のほうきを持った立ち姿の男性が1人、まるで自分の姿がスクリーンの影に映り込んでしまわないように低く身を屈めながら、右側にある襖の一部分を指さして少しはにかんでいるような仕草をしています。廊下を挟んで左側の襖は、1枚は空いていて廊下と畳部屋が見えています。もう1枚の襖は閉じているのですが、畳部屋にいる男性が2人がその襖を見て驚いている様子が描かれています。
その襖には、富士山の影が逆さまに映り込んでいて、それを畳部屋の2人が見て驚いているのを、廊下にいる男性が慣れた様子で屋外に面した襖から入り込んで来る光が、畳部屋側の襖に当たって富士山を左右上下逆さまに映しているんだと、この穴からだよ、と光の入り口を指さしているように見えます。節穴の富士、というタイトルですから、まさに襖にあいた穴のことを言っているのでしょう。
ご承知のとおり、小さな穴を通して入り込んでくる光が、スクリーンにピントを合わせてくっきり映り込む時に、映像が上下左右反転するピンホール現象を描いた1枚です。
ピンホール現象が、江戸時代のお部屋の中で起きた現象として絵に描かれているわけです。
人類は、かなり古くからこのピンホール現象を知っていたとされているようですが、日本においてピンホール現象を絵という記録にはっきりと残した1枚として貴重です。少なくともこの時代には知っている日本人がいたということの明確な証になるわけですものね。
人の眼が角膜から光を取り込み、瞳孔虹彩で光量調整して水晶体で最終のピント調整をし、硝子体を通って網膜というスクリーンに上下左右反転像を投影するのも、ピンホール現象です。ここから、網膜に映り込んだ映像を電気信号にして脳に送って画像として見た、とするまでの過程がすごい上に、頭の中で思い出す視覚映像は目で見ているわけではないのに見えている、見える不思議です。今、頭の中で親しい人の顔を思い出してごらんなさい。頭の中でその人の顔が見えるでしょう。写真という紙などの上に置く印刷でもなく、物体に描かれたものではないのに関わらず、実態として存在するものではないのにかかわらず、描けている、見えていることに、驚きを感じたりしませんでしょうか。
が、ともあれ像を写し込むというプロセスを、眼球という構造物で実現させることによって、その後に視覚映像の記憶を始めることができたわけですから、人類はピンホール現象を古くから知っていた!は、実は人類のみならず、生物が眼を獲得した時点で知っていた、ということになり得るのかもしれませんね。知っていたからこそ、その現象をうまく取り入れて眼球構造をピンホール現象に合わせて整備していった、ということですからね。不思議なことです。
今日は、節穴の富士で触れただけですが、葛飾北斎という方、ちょっと興味を持ってかじると、ほんとにとんでもない人でそりゃ国際的に評価されるよねえ、という感じです。計算され尽くした作絵と構図と言いますか、いろいろとすごいですねえ。展示会があったらぜひ観に行きたいと思っています。
今日もすっかり日暮れてからの日記更新になりました。夕方は、風が心地よかったですね。断然過ごしやすい夏日でした。
皆さんも、お疲れ様でした。
今日はここまでです。
また明日。 by 永瀬 賢