日記
盲人保護法、盲人福祉法、身体障害者福祉法
戦後、身体障害者福祉法が公布される直前まで、盲人福祉法の制定に向けて運動を続けたのが、日本盲人会連合でした。その初代会長が岩橋武夫になります。
盲人福祉法の草案は、GHQの意向、厚生省の意向が絡み合いながら、盲人のみならず他の身体障害を含んだ法案、身体障害者福祉法の制定に進んでいきます。
岩橋は、関西盲人事業連盟を発足させ、後に全日本盲人事業連盟となり、全国盲人協会連盟・全国盲学校同窓会連盟とともに橿原において全日本盲人大会を成功させました。この大会で、盲人保護法の制定促進が決議されました。その後、戦時下、大日本盲人会が結成されます。大日本盲人会の幹部が名を残しているエピソードとして、GHQの盲人鍼灸禁止方針に対する交渉があります。岩橋も、他の盲人関係団体も全国的に活動して、禁止を全力で阻止したという経緯があります。当時の視覚障害者にとっての最大の危機だったと言える案件です。もし、禁止が実現していたら、今日の鍼灸がどうなっていたか?ということですからね。この事件を契機にあらためて全国組織の必要性を痛感したのではないかといわれており、日本盲人会連合の設立へとつながっていきます。その運動の一つが、盲人福祉法の制定でした。身体障害者福祉法の制定がほぼ確実になった土壇場まで、あくまで盲人福祉法の制定に拘り続けましたが、政府の説得に対して岩橋の大局的視点によって了解し、身体障害者福祉法の制定に至った、とされています。 参考文献 小西律子 身体障害者福祉法成立に盲人集団が果たした役割 社会福祉学 第52巻第4号 2012 世界盲人百科事典 日本ライトハウス
今日の身体障害者福祉法の源流が視覚障害者の運動にあった点を忘れることなく、語り継ぎたいと思っています。
さて、今日も朝から蒸し蒸しの暑さで大変そうです。
熱中症など、十分にお気をつけて。こちらも頑張ります。
では、また明日。 by 永瀬 賢