今号の巻頭言

汚染水の海洋放出を止めたい 
武藤類子(むとう  るいこ 福島原発告訴団団長)

 

 

 いわき市民放射能測定室「たらちね」のスタッフの女性たちは、波に揺れる船から身を乗り出し黙々と海水を汲んでいた。たらちねはALPS処理汚染水の海洋放出に、ずっと反対の声をあげてきたが、それでも流された場合に備えて福島第一原発から1.5㎞の地点で、放出前の海水や釣った魚の放射線量を定期的に測定し続けてきた。海洋放出が強行される前日の8月23日にも海洋調査が行われ、私も船に乗せてもらった。原発敷地から1㎞先にあるという汚染水の放出口は海の底で、何処なのかはよく分からない。誰にも見えないところで、これから何十年も汚染水は流されていくのか。海でつながる遥かな国々の海岸へ。
 政府はこの海洋放出を漁業者との約束を破り、国内外の多くの反対の声を無視し、代替案にも耳を傾けず、嘘と強引さで押し切った。そして、経産大臣は「汚染水」を「フェイク」と言った。事故炉から出た放射性物質が混じっている水を、どんなに海水で薄めても汚染水だ。完全に処理できていない水を「処理水」と呼ぶことの方が「フェイク」だ。「円滑な廃炉のため、福島の復興のため」という言葉も盛んに使われた。廃炉が進まないのは、原発事故を起こした原子炉の廃炉が困難を極めるからであり、汚染水を流すことで廃炉が円滑に進むわけではない。原発敷地に残り続けるであろう核燃料デブリや高線量の放射性廃棄物、ALPS処理によって発生し続ける放射性物質が高濃度に濃縮されたスラリーのこと等については、口をつぐんでいる。廃炉後はあたかも更地になるような幻想を抱かせるなど、廃炉のロードマップは真実の上に立っていない。被ばくと分断を広げるだけだ。本質をずらし続ける巧妙な宣伝や言説によって、振り回され、分断されるのはもうたくさんだ。
 9月8日に、「ALPS処理汚染水差止訴訟」の提訴を福島地方裁判所に行った。ひと月足らずで、151人の原告が集まった。困難な裁判かもしれないが、環境と人権を守る闘いだ。流されたからと言って諦めるわけにはいかない。いまからでも何とかして海洋放出を止めたい。
(*海洋放出の差し止めを求める訴訟が行われています。最後のページをご覧ください)



 

(たぁくらたぁvol.61)