日記
ハワイでの5日間。そして最初の病院を手放すまで。
およそ40年前の話です。ホテルに着いた私は直ぐに薬問屋を経営する日本人の先生に電話を入れました。良かったらすぐに事務所に来ていいよ、と気さくな感じの方で。私はほかに行く予定もなかったので、直ぐに伺わせていただきました。
まずお決まりの挨拶が終ると、先生は私にアメリカの動物病院がどのようなものかを知ることが君のキャリアの第一歩になると思うから、数件の病院を見学に行こうと誘ってくださいました。
今思えばこの時の経験が、後の私の考え方や生き方に大きな影響を与えたことは間違いありませんでした。
日本は10年、いや20年遅れていると感じました。相当なカルチャーショック。しかしこれは私にとって落胆ではなくむしろチャンスだったのです。高すぎる目標でしたが、真似さえしていけばいつかは辿り着くだろうと考えたわけです。
事務所に戻ると先生は私に大量の薬棚を見せてくださり、どの薬がトレンドであるかをこと細かく何時間も解説してくれました。この1日で私は日本でもトップクラスの臨床医になってしまったような錯覚に落ちいりました。
日本に戻り、まず由希子先生に今後の我々の病院の方針を、つまり米国の動物薬を中心に使う診療をしていこうという考えを納得してもらうことから始めました。彼女も大学の研修生をしていたので、海外の進歩的な治療は熟知していたので快く受け入れてくれました。
奥沢動物病院、これが私の手掛けた最初の病院です。約25年医院長を務めその後、後身に継承をしましたが、この病院は常に米国の最新治療を意識し、年に4回くらいはスタッフをハワイの先生の所に送り込み、トレンドな薬や検査ができるようにしてきました。
私が言うのもおかしいですが,それなりに流行っていた病院でした。その病院を辞めようと考えたのは、この病院の商品価値が、開業25年くらいでピークになったと感じたからです。もちろんそれだけではなく私たちが命を懸けて作り上げてきた病院が想定外に大きくなりすぎて、私どもの心と体が限界になってきていたこともありました。
そこで私たちは今でこそ当たり前になってきている病院の継承を実行したのでした。
この時点で完全に引退するという決意でしたが・・・ ・・・。







