今だけ 荒川力也
紫心ある葉はすべからく病葉に
茉莉花にうっとりとする司書を見た
土の中知りたくなって桜桃忌
蜜豆を食う今だけは雨が要る
夏帯のときどき鳥と喋る母
すこしだけ揚羽はすこしだけ怒る
夕焼よあるはずのない手を握る
海とあと夏の果て方などを見に
赤のままベンチに眠るベレー帽
その中に世界がすこし芋の露
秋分の電器屋が売る花の数
芋煮から芋煮へ向かう日曜日
稲刈をはじめる前の水を飲む
稲架かけてしばらく同じ空の色
海風にちりちりの髪新松子に
松虫 うにがわえりも
春泥を踏みしめながら指相撲
猫いつもすこしとぼけて豆の花
行く春のちひさく光るおりんかな
吊り橋の先のまぶしき立夏かな
鳥の影いくつも映す代田かな
生ビールこれからもつとなかよしに
ゲーム機の線からみ合ふ夏休み
かなちよろやそろそろ僕の肩に慣れ
夏木立祈りは風になりはじめ
ハンカチの夜風にふつとなじみけり
おしぼりで耳まで拭いて海の家
水ヨーヨーこの人はなんとなく好き
雨を待つ松虫背ナを硬くして
秋昼寝だんだん文字を忘れつつ
刀豆やまだ諦めてゐない顔
蹴るかたち 彼方ひらく
エプロンを掛けて薄暑の椅子となる
西瓜割みんな恋してをりにけり
梅雨寒やしやつくりのたび猫が見る
東京の野太き蚯蚓跨ぎけり
鶏頭や母笑はせて切るシャッター
帰省していよいよ訛る口ごたへ
提げて来し茸飯入り炊飯器
同棲や炬燵で本音確かめて
クリスマスいいねはそつと置くやうに
寒鴉言葉を選ぶ会議室
冬暖か「せーの」で車持ち上げる
麻雀牌片寄せて置くおでん鍋
永き日や鳩の帰らぬ鳩時計
石けんの泡の真白き花疲れ
夏近し脱ぎつぱなしの蹴るかたち
遠く 川田果樹
Ardbeg隙なくならぶ淑気かな
寒の水母に言はずに家を出て
養花天電話をかけるまでもなく
花菜畑肺が半分吹き飛んだ
ちりめんやらくらくフォンの点滅す
猫の恋ひとりで入るサイゼリヤ
よじれたるシートベルトや夏は来ぬ
薄暑光ひとりに広きエレベーター
遠花火母好まざるニューメタル
父遠く母遠くある泳ぎかな
いなたまのとどかぬコインランドリー
八月や刻んでタッパーに詰める
茸山の足跡すぐに小さくなる
墓洗ふあらかたの指に指輪
いつまでも母の娘や冬の山
古き絵本 辻村栗栖
新涼やつかまり立ちを自慢げに
肩車してゲレンデはまだ花野
露草は花びら足りぬやうなれど
動かざるリフト貫く秋の山
初雪やおほきなこゑに茶の揺れて
まつすぐに壁を見てゐる菊人形
火恋し日記は夜にさしかかり
冬来るや小籠包の先端に
薬局に古き絵本やスキー街
ほんたうに消炭か目を凝らしたり
熱燗やあそびごころの花を乗せ
歯ブラシの長短を手に柚子風呂へ
スキー客すこし寺見て帰りけり
平成の絵馬の黒さよ初雀
嘘泣きの巧くなりたる寒牡丹
仄見えて 藤井祐喜
憚らず泣く鞦韆は立ちて漕ぐ
死後もなほ鶯餅があれば欲る
菜の花が上手く隠してくれてゐる
紫陽花の高さで運ぶ柩かな
水底に団扇社名が仄見えて
滴りに見惚れて羽化を忘れけり
クリオネがまだ生きてゐる冷蔵庫
立秋や白あんぱんを見て買はず
バタ足で戻ると蜻蛉生れけり
デザートは只ならぬ柿ぶかぶかの
胃袋は琳派のかたち冬ざるる
どんど焼ああと崩れてゆく達磨
袖口に鳩が隠れてゐるコート
白鳥を撮るぼんやりと父も容れ
冬の日を回して開けるランチジャー
波 藤色葉菜
古箱を肩にボロ市の荒波
さすまたの立て掛けてある冬館
おにぎりの味噌の焦げゆく雪催
ひよつとしてすつぽかされたかもくしやみ
冬青空只今電話工事中
歌声は土にしたしく寒の明
ケチャップの花丸いびつ春嵐
水底に影脱ぎ捨ててプール出づ
秋の海めくれて浜を駆け上がり
さざなみの絶え間なき賭場秋日和
入賞の菊を抱へて喫茶店
鵯は半濁音符咥へ去り
鹿鳴いて鋭利な夜となりにけり
右耳にマスクの揺るる夜食かな
昼の虫パラパラ漫画の最後は墓
日の当たる 前田拓
虫籠の底の隙間を踏み外す
わんぱく相撲廻しの下に履くズボン
常連になるまで通ふ豊の秋
紅葉狩髪の一部を染めて行く
赤ん坊のすこし沈みし今年藁
雪女月山に日の当たるまで
河豚刺しの箸を寝かせて掬ひけり
古日記ひなは卵に戻らざる
羊日の前脚で打つキーボード
闇夜汁だんだん甘くなりにけり
柊を挿しつつ辺り気になりぬ
雛壇に新幹線の一輌目
前髪の鋏は縦に若葉風
噴水の水仰向けに飲む写真
捲りては小さくなりゆく紙魚の跡