小笠原樺工房
小笠原樺工房は秋田県北部に唯一残る樺工房で、江地時代末期から代々伝統技法を継承してきました。樺細工初期の時代からの素材である槻木の皮を使用することができます。胴乱や抜き樺を利用した製品から、現代の生活シーンに合わせた名刺入れやアクセサリーなどの製品もつくってきました。抜き樺の技は小笠原樺工房だけの独自技法です。四代の一成は、急に差し込むと勢いよく飛び出す質の高い動乱を作ることができた名手でした。
小笠原樺工房歴代職人
| 初代 | … | 助四郎 | 嘉永元年(1848)~明治42年(1909) | |
| 二代 | … | 利 吉 | 明治2年(1869)~昭和32年(1957) | |
| 三代 | … | 直 治 | 明治26年(1893)~昭和30年(1955) | |
| 四代 | … | 一 成 | 昭和7年(1932)~平成29年(2017) | |
| 秋田県優良技能者/秋田県芸術選奨/秋田県文化功労者 |
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| 五代 | … | 豊 | 昭和37年(1962)~ | |
| 秋田県優良技能者 |
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↓四代 小笠原 一成 (何故か三代を名乗っていた)
一成は四代
父、小笠原一成は何故かずっと三代を自称していました。ですので、新聞記事や出版物、webページなど、過去の資料のほとんどには「三代」と記録されています。しかし、本当は四代なのです。単なる思い違いによるものなのか、何か意図があったのか今となってはその理由は分かりません。
一成が生まれた時には助四郎は既にこの世にはなく、一成は利吉、直治と三人で樺細工をした印象が強かったのは確かだとは思われます。
私(豊)がこの世に生を受けた時には利吉も直治も他界していました。昔の事…として私が父一成から聞いた事の多くは、一成が利吉から聞いていた内容でした。
その中で、「小笠原家の樺細工は江戸時代の終末期に始まった」「助四郎は小笠原家における樺細工の工房創設者である」「戊辰戦争の時に南部が攻めてくるというので、皆で山に逃げ隠れた。騒動が収まって家に戻ってくると箪笥が畑の真ん中に投げ出されたりして荒らされていた。樺細工の道具や材料も散逸してしまって大変だった」「利吉の樺細工が上達して、助四郎は主に材料調達を担うようになっていた」というものがあります。これらは一成が三代ではなく四代であることを物語っています。
利吉が生まれたのは明治2年なので、戊辰戦争時に樺細工をやっていたのは助四郎だけで、助四郎が初代であることは確実です。その息子の利吉が二代、その息子の直治は三代、その息子の一成は四代なのです。
三代を名乗っていた父親との連続性を重要視して、私もしばらくは四代と称して名刺などにもそう記していましたが、一成の七回忌の節目を越えて、正しい「五代」を改めて名乗ることにしました。
いつか、一成を三代と謳う書籍などを目にしたら、「あ、これな!」と思い出してくだされば幸いです。
五代 小笠原 豊 略歴
| 1962年 | 田代町(現在の大館市)に生まれる |
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はいはいを全くしなかったため周囲に珍しがられる。3歳には絵を描き、 木工作をして |
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| 1981年 | 文教大学に入学し人間科学部で教育学を学ぶ |
| 大学卒業後(1985年)はソフトウェア開発会社や商社など、樺細工とは無縁の仕事に就く。 | |
| 1996年 | 東京から秋田に戻り本格的に家業の樺細工に就く |
| 2001年 | 第1回工芸公募展で奨励賞受賞 |
| 2002年 | 秋田県工芸家協会に入会し会員となる |
| 2005年から理事・事務局長補佐、2018年から事務局長、2021年から副会長。 | |
| 2006年 | 第42回秋田県工芸家協会展にて工芸大賞を受賞 |
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他に、秋田商工会議所会頭賞、秋田県議会議長賞、秋田市議会議長賞、 |
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| 2013年 | 第5回秋田工芸展で秋田工芸大賞を受賞 |
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他に、拓(ひらく)賞、AAB秋田朝日放送社長賞、秋田魁新報社賞、 |
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| 2019年 | 秋田県優良技能者表彰を受ける |
| 2025年 | 秋田県商工会連合会・商工会法施行65周年記念表彰を受ける |
樺細工を営む家の長男として生まれながら、進学・就職では異なる道に進み、1999年の田代町まちづくり論文での最優秀賞受賞を契機に行政の様々な委員に委嘱され、平成の大合併では合併協議会委員を務めるなど、樺細工の職人としては異色の経歴を持つ。秋田県北部が樺細工の発祥ではあるが、時の流れと共に作り手が減少し、北秋樺細工の最後の後継者となる。
小笠原樺工房代表として、相伝された伝統技術に新しい発想を加えた製法や作風を目指して創作に挑戦している。その傍ら、北秋田市合川公民館定期講座から生まれた合川樺細工の会で講師、社会福祉法人秋田県民生協会の樺細工実習室で樺細工特別講師、地元の山瀬小学校の樺細工クラブの講師などを務め、樺細工の普及と継承に向けた模索も行っている。
大館北秋商工会監事、一般社団法人大館市文教振興事業団理事、大館市社会教育委員。

過去には、田代町社会教員委員、田代町社会教育中期計画策定委員、県北地域観光振興プラン検討委員会委員、田代町地域新エネルギーピジョン策定委員、田代芸術文化協会理事、大館市・比内町・田代町合併協議会委員、田代町岩瀬公民館運営委員、大館市田代公民館岩瀬分館運営委員、大館市社会教育中期計画策定委員、新大館市総合計画市民懇談会委員、大館市図書館協議会委員、大館市青少年問題協議会委員、田代地域街づくり連絡協議会運営委員、秋田県立近代美術館協議会委員…などを務めた。
2007年 秋田県社会教育委員連絡協議会表彰
2018年 東北地区社会教育委員連絡協議会表彰
2023年 一般社団法人全国社会教育委員会連合表彰
抜樺一本茶筒
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樺細工の名刺入れ
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