設立への想い

山深い環境に36の集落が点在する早川町では自然の恵みを大切にし、時にはその脅威と向き合いながら長い年月をかけて多くの人々が暮らしを築き上げてきました。

 

そんな暮らしを象徴するものの一つが、伝統野菜。作物を収穫したのちに食すだけでなく、特に質がよいものを選り分け、保管し、毎年絶やすことなく種をつないでいく。そうしてつながれてきた早川の伝統野菜の中には150年以上の歴史を持つものもあります。

 山梨県__南巨摩郡_早川町.png    早川町地図1.gif

 

伝統野菜とは(早川町内において)

2000年(25年前)かそれ以前から町内で栽培されている作物で、自家採取が継続して繰り返されているもの。 

と、定義いたします。栽培が途絶えた作物でも過去に20年以上継続されたと思われる作物の種子は保存の対象とします。

 

※一般的な伝統野菜については、「その土地で古くから作られてきたもので、採種を繰り返していく中で、その土地の気候風土にあった野菜として確立されてきたもの」と説明されています。

    参考:一般社団法人日本伝統野菜推進協会ホームページ

       ―【伝統野菜について】伝統野菜の定義と日本の野菜の変遷―

       https://tradveggie.or.jp/traditional-vegetables-history/

 

 

早川町における伝統野菜を取り巻く環境の変化

前述の通り、早川町は南北25km東西15kmの中に、早川沿いと山の中腹を主にして36の集落が点在しています。集落ごとに土地の特色をいかして野菜の栽培がおこなわれてきました。独立的な集落もあり、今でいう「伝統野菜」の要件を満たしている作物は過去から十分存在していました。

過疎化による人口減少・高齢化の進行・後継者不足・獣害の深刻化などにより生産者が減少し継続には課題があり、現状のままだと近い将来に消滅する危険性が高まっています。

 

 

在来種・固定種の歴史 ~自家採種から種子購入・在来種や固定種の消滅~

消費者の規格化ニーズと農業者の生産効率ニーズが合致し、在来種や固定種に対して圧倒的に有利なF1種に栽培が移行していきます。1965年頃を境に在来種や固定種は大消費地向けの市場から姿を消し、地域の農家が自家需要で栽培するにとどまることになりました。しかし、1980年代からの「地産地消」の流れに加え、2013年に「和食」が無形文化遺産に登録されたことが推進力となり、地域おこしの産品として注目されるようになりました。このときから、在来種や固定種は、新たに「伝統野菜」「地域野菜」と呼ばれるようになり、地域の特産品、スローフードという新しい切り口での需要が生まれつつあります。

 

 

山に囲まれて日照時間は少なく、傾斜地が多い。冬は-10℃にもなる厳しい環境の中適応してきた作物は、たくましく今日も住人の暮らしを支えてくれています。そしてその味や形は大変個性的で魅力的。早川町らしいものとして、観光施設やイベントで活用されたり、個人的にお買い求めになる方もいたりと町内外で人気を博しています。

 

地域住民が誇りをもって作り続けている伝統野菜が、さらに100年先にも食されている未来を願って、団体を立ち上げました。

早川町に限らず全国各地で、個性豊かな伝統野菜が毎年地道に大切につながれていることと想像しながら、日々の活動に取り組み、精進してまいります。

 

課題も多く小さな一歩の積み重ねになりますが、共感していただける方は是非とも応援よろしくお願いいたします。

 

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