日記
2024.7月 発行会報 465号
会 報
No465
Cima Eterna
2024. 7. 12
1982
大分山の会
1.6月例会 報告
1)日 時
・6月4日(木) 19:00~
2)出席者
・岩田、高路木、大倉、橋本、坂本、工藤、佐藤(7名)
3)事務局連絡
① 8月例会
・日 時 ; 8月1日(木)19:00~
・場 所 ; 事務局、LINEリモートでも開催
※皆さんの参加をお願いします。
4) 山行計画
① 鉾岳
・日 時 ; 令和6年7月14日(日)
・集 合 ; 戸次八幡神社前駐車場 6:00
・コース ; 鉾岳登山口(鹿川キャンプ場)~パックン岩~鉾岳(雄岳)山頂
~山頂少し先の絶景展望岩~鉾岳(雌岳)~登山口
※コースタイム 6時間
※8月の月例山行はありません。各個人で計画して夏山を楽しんで下さい。
2.山行報告
1)指山(1,449m) 大倉 記
・日 時: 6月3日(月)
・メンバー: 大倉、立花(大倉友人) 計2名
・天 候: 曇り
・コ ー ス: 長者原登山口~分岐~指山 ピストン
くじゅう前衛の山指山に登ってきました。友人からくじゅうのどこかの山に軽く登りたいとお誘いがあり、ミヤマキリシマの咲く山として手軽な指山にしました。指山にはまだ登ったことがなかったので、この機会に登ってみることにしました。
長者原ビジターセンター前駐車場に集合、ただこちらは満車になっていたため、向かいの駐車場にしました。平日とはいえ、ミヤマ
キリシマの時期ということで、車も結構混んでいました。
タデ原湿原を過ぎ、樹林帯の中をゆっくり登り、いつもは通り過ぎてしまう指山への分岐点で右に入ります。ここまでは、あまり傾斜が
ないのですが、この分岐を過ぎると勾配がきつくなっていきます。右に左に折り返しながら登っていくと、やがてミヤマキリシマの花が咲いているのに出会います。やがて開けていきて、山頂に到着します。山頂からは、眼前に三俣山が聳えていて、遠くに平治岳も現れてきます。
ミヤマキリシマは、やや過ぎていたのですが、ピンクの花を楽しんで来ました。山頂では数組登っていて、花を楽しんでいました。
山頂でしばらく楽しんで、下山です。
下山後、ランチで飯田高原にあるカフェ「けやきの森」に行きました。庭園のバラの花が有名らしく、この時期バラ目当てに訪れるお客さんも少なくないようです。
食事は、ハンバーグが人気なんですが、そのハンバーグも売り切れていて、カレーにしました。
2)日本一の石段に挑戦!! 佐藤博樹 記
・日 時: 6月6日(木)
・メンバー: 佐藤
・天 候: 曇り
令和6年6月6日(6並にはじめて気づく)、友人と熊本市で開催されたコンサートに出かけた。そのついでに「日本一の石段」に挑戦した。
国道57号から熊本市内を抜け、熊本ICから御船ICを通過して名物の石段がある美里町に入る。
3,333個の石段がある場所にふさわしく、山間の谷を抜け緑の木々が生い茂った麓に着く。
時間は午前11時過ぎ。天気は曇り。厚い雲が垂れ下がり、今にも降り出しそうな気配。
友人に「一緒に登ろう」と誘ったが、頑なに拒まれた。なんでも40代の頃に挑戦して、千段目でギブアップしたらしい。2度と登りたくない、という友の言葉に不安を覚えながら、階段の登り口に立つ。見上げれば結構な傾斜があり、各段の高さも15cm以上はありそうだ。その日は地元テレビ局が取材に来ており、石段の特集を組むとのこと。
ストレッチのあと午前11時20分にスタート。
急登に圧倒されながら、一歩ずつ確実に登っていく。樹齢を重ねた杉や広葉樹林が生い茂る山中に延々と続く石段は、静寂で終点を感じさせない。平日のせいか行き交う人は疎らだった。登りながら気づいたのは、石段の立派な造りだった。見事なまでに研磨加工されている石段の幅は約3mほどある。中央には強固な手摺が設けられ、安全で歩きやすい。また石段の縦幅も広く、足裏全体で着地できるので、足の疲れが軽減される。両脇には寄付金を表す石柱がずらりと並んでいた。頂上付近では大量の御影石が使われており、豪華な造りに驚いた。百段ごとに標しの石柱があり、登りの目安となっている。
千段目に着いたのは出発から15分後。まだ体力はそれほど消耗していない。休憩なしで歩を進める。その時、上から駆け足で降りてくる30歳代の男性とすれ違った。トレランだ。かなりのスピードで降りて行く。凄い!
二千段目に着くと、呼吸が乱れはじめていたが、足の疲れは感じなかったので、休憩なしで登り続ける。中腹辺りまで登ると、所々で石段が途切れた平地の区間がある。ここの平道を歩きながら、呼吸を整えつつひたすら進む。三千段目に着くと、さすがに呼吸は乱れ、疲れを実感する。残り333段。一気に頂上を目指し、遂に最上段へ登頂。所要時間は70分。
そこには建造物はなく、空き地が広がっているだけだった。 その先には瓦大の石が敷き詰められた参道が延びていた。その石畳に誘われるままに参道へ進む。緩やかな坂道を登って行くと、1kmほどで古刹に辿り着いた。出発からの所要時間は1時間25分。
お寺の名は「釈迦院」で、一見して本堂はかなりの年月を経ているのがわかる。この日は寺の普請作業中で、作業車や作業員の方がせわしなく動いていた。そのため古刹の風情は感じられず、さらに心配していた雨が降り出した。長居は無用で、踵を返し一目散に下山。
下山中、登り途中ですれ違ったトレランの男性と再び会った。2往復目、もしくはそれ以上と思われるが、その方の体力に感心する。ただこの時はさすがに走りではなく、ゆっくり歩いて登っていた。
車に戻ったときには全身ずぶ濡れだったが、通常の登山とはひと味違う石段登山に満足して現場を離れた。
その時、もう一度訪れて往復登山に挑戦したい、という気持ちが少しだけ湧いた。
追記
石段の建設は昭和55年に着工し、約8年の歳月をかけて完成したことを後日知りました。
また使われた石は国内の名石だけではなく、中国をはじめ7カ国から輸入したようです。石段と参道に使われた石の量は膨大で、考えると気が遠くなりそうです。
石段の登り口からお寺までの標高差は約700mで、大分市の霊山より100mほど高いようです。
興味のある方は一度挑戦されては・・・
最低限、水は持参したほうが賢明です。
3)障子岩(前障子、1,449m) 大分百山 大倉 記
・日 時: 6月16日(月)
・メンバー: 高路木、橋本、工藤、坂本、大倉 計5名
・天 候: 曇り
・コ ー ス: 健男社~1204mピーク~障子岩 ピストン
祖母山から北東へ伸びる障子岩尾根にある障子岩(前障子)に登ってきました。障子岩、大分百山三訂版による見直しで追加された山です。
狭くなった県道7号線を山の方に進み、いくつかある県道上のヘリポートを過ぎて、健男社に到着、県道横に小さな空き地があるが、さらに登った
ところに健男社参拝用も兼ねて駐車場が整備されています。この駐車場の整備には、境内にある樹齢数百年と推定される杉や檜を伐採して、資金を創出したそうです。駐車場には既に車が3台駐車しており、内2台は延岡から来た6~7人のパーティのものだった。宮﨑県からローカルな障子岩に登りに来るなんて、かなりの山ベテランのようで、早々に出発した。我々も準備やトイレを済ませ、出発です。最初は狭いコンクリート道を登っていき、やがて急坂になります。巨大な砂防ダムが現れ、この工事用の道のようです。砂防ダムを通り過ぎると、山道になって、一部わかりにくい箇所もあって、注意深く登山道を確認しながら登っていきます。
やがて渡渉ポイントが現れ、渡った後からは、急登の連続で、ひたすら上り続けます。1150mピークの手前まで来たところで、ぐるりと巻いて進みます。その後、一登りで1204mピークに達します。
一旦緩く下って、登り返して行きますが、ちょっとへばってしまい、大休止。ここで、下山してくる宮崎のグループに出会いまし
た。なかなかのスピードです。というか、我々が遅すぎたのでしょう。仕切り直して再出発、山頂が近づくにつれ傾斜もきつくなっ
て、大きな岩などが出てきて、巻きながら登って行きます。
そして山頂下(岩場の手前)に到着し、また休憩です。
岩場の登り(角度が緩いので、危なくはない)を登り切って、山頂に到着。
この時点で13時50分、かなりかかってしまいました。山頂は狭いので、山頂写真を撮って下山。
下山も長い時間がかかり、健男社まで戻ってきたのは18時過ぎ、ほぼ10時間にもなるロングな山行になりました。
YAMAPの記録によると、累積標高差ほぼ1、100m、厳しいルートでした。
4)扇ケ鼻 橋本 記
・日 時: 6月13日(木)
・メンバー: 高路木、河野、橋本、坂本、若狭 計5名
・天 候: 晴れ
・コ ー ス: 牧ノ戸登山口~扇ケ鼻 ピストン
くじゅう連山が賑わう季節
ミヤマキリシマは平治岳(ひいじ)や大船(たいせん)山にもっと大きい群生地があることは知られていますが、ピークも過ぎたこと短時間で楽しめるので、牧ノ戸登山口(1330m)から扇が鼻に登ることにしました。扇が鼻は数年振りです。
最近は大分百座を目指しているのでなかなか出掛けないくじゅう連山です。
牧ノ戸登山口はレストハウスもあり観光客でいつも賑わっていて登山口では最も 利用者が多い。
登山口からはいきなりのコンクリートの急登、何度訪れてもきつい 、辛いところです。そこを過ぎると岩混じりの登山道に変わり、沓掛(くつかけ)山からは久住山へ一筋に道が延び、くじゅう連山の明峰たちを見渡すことが出来る。扇が鼻までの分岐まで緩やかな稜線、そこから急坂をのぼる。
扇が鼻の鼻は飛び出した地形を表すことばらしく、扇型に張り出した台地が広がっていることが名前の由来のようです。
坂を登りきったところから山頂まではお花畑の中を歩いているかのように両脇にミヤマが咲き誇り圧巻です。色は平治岳のミヤマより濃い紫ピンクが多く、珍しいオレンジ色も一株見ることができました。山頂では沢山の人でした。
この時期ならでの光景です。青くすみきった空、程よい風 360度の眺望。
ゆっくり まったりと癒される瞬間
下山開始暫く、坂のところで年長の幼稚園児25名と引率者25名に出合い、何度も滑り落ち 泣きじゃくりながら登る園児にエールを送り下山。
下山時間も早かったこともあり車を移動させ道路真向かいの猟師岳に登った
扇が鼻で往復時にも出会った三重県のファミリーの方にここでも出合い、
何だか縁を感じた。初めてのくじゅうに満開のミヤマに天候も良いとあって、とても感激され、くじゅうを満喫されていた。暫く立ち止まり語りあった後、名刺を渡し別れた。
その後 事務局にご本人から私宛におハガキが届きとても嬉しく思いました。
山は色々な方を自然に繋ぎ、人生を豊かにしてくれる。心も体も元気になれると改めて思った山行きでした。
3.記念誌発行のお礼
事務局から、40周年記念誌を送付しましたが、受け取った会員(元、現)から
多数お礼や感想を頂きました。皆さんの感想などを紹介します。
1)電話によるお礼、感想、近況(入会時期順)
星子貞夫様 R6.5.24
大変よく出来ています。
大倉、吉武両氏にお礼を言って下さい。
城全多美 R6.5.23
直に、お礼を言われました。
渡辺保美 R6.5.25
直に、お礼を言われました。
池田数美様 R6.5.24
お礼の電話あり。
池辺幹夫様 R6.5.28
87歳になった。
毎朝1時間半歩く、
ボランティアで、月2、3回子供の見守りをしている。
お酒は浴びるほど飲んでいる。
車は免許を切り替えて、90までする。
油布隆一様 R6.5.31
お礼の電話あり。
子供(長男)はパフォーマンス(サーカス)をしている。
5月パークプレイスで、パフォーマンスをやった。
お母さんが9月で95歳にする。
(奥さんも働いているので)施設に預けている。
一番下の子供が30歳になった。
谷口京子様 R6.5.28
お礼の電話あり。
記念誌のお礼として5000円頂く。
眼が悪くて(手術)、今は永く読めない。
少しずつ、毎日読みます。
下釜栄二様 R6.5.25
お礼の電話あり。
児玉輝美様 R6.5.23
お礼の電話あり。
涙流して、読んでくれた。
自分にはあんまり関係ない事、でも記事、写真を見ることができて嬉しい。
色んな思い出がよみがえる。
前を向いて、生きましょうと声を掛けた。
自動車は孫にあげた。
自由に動けなくなった。
安藤喜久治様 R6.5.28
お礼の電話あり。
腰が悪くて、今は何もしていない。
ダンスも70才で止めた。
車の運転はまだしている。
境卓也様 R6.5.24
お礼の電話あり。
佐土原高樹様 R6.5.31
お礼の電話あり。
赤峰宏史様 R6.5.28
お礼の電話あり。
寄稿、構想は練ったけど、文章になるまで行かなかった。
会報に原稿を投稿して下さいとお願いしておいた。
城全統一様 R6.5.23
お礼の電話あり。
豆田哲夫様 R6.5.30
豆田(奥様)さんから
だんなさんはガンで亡くなった。
透析を4年、コロナで入院して土日に帰っていた。
内臓も悪く、パッチしていた。
本人は、神経痛で足腰が弱っている。
矢野博幸様 R6.5.26
お礼の電話あり。
高橋源太郎様 R6.5.24
お礼の電話あり。
記念誌を、男池駐車場横にある茶屋(店名不明)
に置いてくれています。
後で、高橋様には別途送付しました。
巽あかり様 R6.5.26
お礼の電話あり。
家は松本城の近くに建つ。
2)メールによるお礼、感想、近況
稗田 淳様 R6.6.19
ご無沙汰しております。
この度、「創立40周年記念誌」を送っていただきありがとうございます。
岩田さんをはじめとする大分山の会の40年にかかわった方の思いが
詰まっており、とても楽しく読ませていただきました。
また、当時、山に一緒に登った会員の方の近況も知ることができ、
とてもよかったです。
2度ほど、岩田さんからは原稿の依頼がありましたが、未完成のまま、
結局提出はできませんでした。
私が大分山の会に在籍し、活動したのは、30年位前の4年間でした。
とても充実した活動だったと思います。
山の会の皆様が、その活動を40年間続けていることには
尊敬の念しかありません。
さて、山の会のことで思い浮かぶのは・・・・
まずは、最初に電話した時の岩田さんの元気のよい声。
次に、星子会長がお酒を飲んで機嫌よく話していた光景。
そういえば、新年会には、岩田さんの家にあふれんばかりの会員がいましたね。
山の会を退会した後は、山は眺めることはあっても、
山に登ることはない毎日です。
休みの日は、子どもの部活の送迎、
子どもと遊ぶことなどをして過ごしております。
子どもに久住山や由布山に行くことを誘っていますが、今のところ、
子どもにはその気が全くありません。
いつの日か、子どもと久住山に登ることが、今のところの夢でしょうか。
それでは、岩田さんいつまでもお元気で。
いろいろとありがとうございました。
三宅洋朱様 R6.6.9
ご無沙汰しています。三宅です。
先日は立派な冊子を送っていただきありがとうございます。
すごく立派なもので驚きました。
ずいぶんと大変だった事と思います。
私なんかにあんな立派な物を送っていただき恐縮です??♀?
皆さん元気に登ってるようで何よりです?
私もボチボチ自分のペースで登っています?
今は平日でも休めるので天気が良さそうと思いたって登ったり花を
見に登ったりと本当にマイペースでそれも心地よいです??
絶対に無理はしません?
お礼遅くなりすみませんでした?
皆さんにも宜しくお伝え下さい。
髙路木秀夫様 R6.6.8
青葉の候、九重連山はミヤマキリシマの満開を迎え登山者におかれては満喫して
いることとおもいます。
当大分山の会が40周年を迎えるにあたり、現大倉会長をはじめ吉武、岩田各役員の方の御労苦によって記念誌の発刊となり、先日手元に届き拝読させていただきました。ありがとうございます。
40年の歴史を経て記念誌を「発刊しよう」との発想に感服致しております。発行
となり編纂には、材料集めから製本作業まで、ましてや今回は経費節約から、印
刷業者が印刷するだけにまでに何回も何回も集まって今回の記念誌になったと
聞き及んでいます。会員として頭の下がるおもいであります、ありがとうござい
ました。
私いつまで続くかわかりませんが大事に保管し時あるごとに開いて想い出辿り
たいと思っています。
改めて、今回の40周年誌を拝読いたし、発刊に携わった役員の方々に心から感謝
申し上げお礼申し上げます。
3)Lineによるお礼、感想
橋本多恵子 R6.5.24
40周年記念誌がとどきました
発送 有難うございます
発送にあたってを、読ませて頂きました
会長 吉武さん
発行まで随分な時間とお手間をかけられたご様子
大変お疲れ様でした
有難うございます。
松広幸紀子 R6.5.24
同じく激しく(橋本さんと)同感です
会長、吉武さん、岩田さん、
相当な時間を使われたことでしょう
ほんとうに、ありがとうございました。
若狭日出子 R6.5.28
40周年記念誌ありがとうございます。
昭和の頃の懐かしいメンバーの顔を見ることが
できました。
編集者のご尽力に感謝します。
工藤富博 R6.5.30
40周年記念誌 を入会間もない私に
送っていただきありがとうございます
長い歴史と行動に感銘しています
今後もよろしくお願いいたします。
佐藤博樹 R6.5.30
岩田様 たった今「創立40周年記念誌」が届きました
まだ顔見せもできていないのに、
貴重な記念誌を送っていただき感激しています
ありがとうございました。
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原稿作成要領
・様 式
・サイズ:B-5 ・フォント:明朝体で11号
・送付先
・メールアドレス : yositake.kunio@coral.plala.or.jp
・手書き原稿 : 〒874-0025 別府市亀川四の湯町4-14-1205 吉武邦夫
Tel 080-8706-2747
・発 行
・「大分山の会」事務局 〒870-0888 大分市三ケ田町3丁目1番22号 岩田靖子様方
Tel,Fax097-543-5979 E-mail iwata.yasuko@oct-net.ne.jp
・会費振込先
・大分銀行日岡支店 普通32989 大分山の会会計 岩田靖子
会費:1,000円/月(家族会員は500円/月)
















