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2017-05-26 13:46:00

◆《随想》◆

 

 1.良い音色

 

 まだ、子供だった頃、私は母に連れられて、毎日、先生の許へ通っていた。

 ある日のこと、尺八の福井先生が来られて、お稽古を待っておられた。

 先生は、お稽古の間に時々、その福井先生と何か話されていたが、ついに合奏が始まった。

 私は、先生が箏を弾かれるものと、楽しんでいたが、三絃で合奏を始められた。

 私は、始め思っていたことと違ったけれど、まだ子供の私にでも、その三絃の音色が本当に

 良い音色だと思った。

 その日は日曜日で、夕方から尺八の演奏会があり、福井先生は、その下合わせに来られて

 いたのだった。そのあと私のお稽古を済ませて、先生はそろそろ、会場の方へ行く準備を

 された。そして私に、「あとで聴きに来るように」と言って出かけて行かれた。

 当時の、尺八の演奏会といえば、尺八方の名前だけが、プログラムに出ていて、絃方は

 その日に、各方面から 来られた先生方が、その場でお互いに自分の弾く曲を決められて

 いた。だからどの曲をどの先生が弾かれるのかは、その時まで解らないのだった。

 でも、私が少し遅れて会場に着いた時、ちょうど先生が、演奏されておられるのが、

 その音色ですぐに解った。そのうち、いつのことであったか、先生はこんなことを

 言われていた。「いい人の三絃を聴いてごらん、針金のような音を出される。」と。

 それからあんな音を一度も聴いたことがない。私は、あの時の先生の音が、まったく

 その音だと思った。今でもあの良い音色が、耳から離れない。私もあのような良い音色を、

 一度でもさせてみたいといつも思っている。