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2026-04-09 20:15:00

畑のおじさん

そのおじさんは、ある日突然自宅にやってきた。

「畑を探してるのはあんたけ?」と言われ、朝ゴミ出しの時に近所のおじさんに「この辺で畑ないですかね?」

と自ら話したことを思い出した。そう、それまで使っていた畑に住宅が建つことになり、次の畑を探していた時期の

話である。

突然訪ねてきたおじさんは、Sさん。後にSさんの自宅を知ることとなったが、近い距離に住んでいながら

きっとこの日が互いの顔を認識した初めての瞬間だったと思う。

朝、私が畑探しの話題をふったおじさんが、老人会でこの話をしてくれたらしく、心当たりのあったSさんが突如

私の自宅にやってきた、という流れ。

あんたけ?と聞かれ、私は頷いた。そして、案内するから車に乗って、と言われた。それはちょっと・・と抵抗があった

けど、朝話しかけた近所のおじさんも一緒に乗ってくれるというので、私も乗り込んだ。

着いた先は、車で10分弱のシェア畑。そこには、さらに高齢のおじいさんがいて、シェア畑の一画を片付けていた。

Sさんはそのおじいさんに、「この畑、もうやらねーべ?」と聞いた。おじいさんは、契約はまだ残ってるけど、

年だからもうできない、やらない、と答えた。そこでSさんは私を前に促して、「この人が畑探してるからこのまま

ここを使ってもいいか?」と聞いてくれた。おじいさんは菩薩のような笑顔で、いいよ、と言ってくれた。

そして、それじゃぁこの足で地主さんのとこ行って契約したらいい、と言って、そのおじいさんも加えてみんなで

Sさんの車に戻った。おじいさん3人と私。この顔ぶれが少し笑えた。

おじいさんは、地元の人だけど、地主さんの家がわからなくなってしまったらしく、ここだ!いやちげーなー。

ありゃ?どこだったっけか・・と、車で右往左往した挙句に、ようやく記憶が蘇り、ここだ!と行きついた。

幸い地主さんは在宅しており、無事におじいさんの後を私が引き継ぐこととなった。

これが今の畑のはじまり。

それから私は、父の指導のもと、土を耕し、畝を作り、種を蒔いた。

シェア畑を借りている人は、私より年が確実に上の男性が多かった。だから、その中では若手となる女の私が

麦を、しかもおそらくこの辺りの皆さんが見たこともない、やたらと背の高い謎の植物を育てていることが

珍しく、遠巻きに見られていたことはなんとなく感じていた。中には「これは何ですか?」と聞いてきてくれた

紳士な方もいたけど、たいていの人は、なんだ?こいつは・・と思っていたと思う。

そんな中、私の区画の近くで畑をやっているSさんは、通りかかると必ず声を掛けに来てくれた。

原チャリを降りて、少し鼻にかかった高い声で、「今日もやってんな」とニコニコと話しかけてくる。

正直、最初は私、薄情にも、少しばかりうっとうしく感じていた。ほんっとにイヤな私の一面!!

私は一人で黙々と作業をするのが好きなのだ。そこに水を差されるような気分。

ある時は、ライ麦が倒れないようにと、支柱とビニール紐で囲いをつけていたときに、原チャリが止まった。

「こんなんじゃだめだよぉ!おめぇ、そこのホームセンターであれが売ってるから買って来い。で、100均には

あれがあるから買ってこい、分かったな。じゃ、お昼食べ終わった後に集合な」と一方的に言って、また原チャリに乗って

走り去ってしまった。

ポッカーン。

本当に嫌だった。私だって午後の予定があるのに、なんで合わせなきゃいけないの?!と、怒りを覚えた。

けど、Sさんはもうこの場にいないし、私が約束をすっぽかして午後にここに来なかったら、Sさんは待ちぼうけを

食らう訳で、これはもう、Sさんに言われた通りの買い物をして、午後にここにいなくちゃいけない、選択肢はもう

それしか残っていなかった。私の午後の予定と言っても、誰かとの約束って訳じゃないし、いくらでも変更できるのもあって、

やむなく自宅に戻ってお昼を食べて、ホームセンター行って、100均に行って、畑に行った。

Sさんは、ちょどよいタイミングで畑に戻ってきた。

「買ってきたか?」「はい」「じゃ、やんべぇ」

その後はSさんの指示どおりに支柱を土に刺し、うまく刺さらないところはSさんが自分の畑から脚立と、その辺で拾った

いい感じの大きめの石を持ってきて、脚立に乗って、支柱の先端を石でガンガン打ちつけてくれた。

そんなこんなで、気が付けば、建築現場の足場並みに、頑丈な囲いができたのである。

それから毎年、私はライ麦の成長期になるとSさんに教わったとおりの囲いを設置するようになった。

そして、まるでそれをやることをわかっているかのように、どこからともなく原チャリの音が近づいてきて、私の畑の横で

止まると、またやってんな~と、ニコニコ様子を見て、手を貸してくれるのであった。

最近、人づてに、今年に入ってSさんが亡くなっていたことを知った。畑にいると、いつもいつも声をかけてくれて

いたから、最近もしゃべったような気になっていて、びっくりして、声が出なかった。

 

 

今日は、いつもよりもだいぶ遅くなっちゃったけど、畑に囲いをしたよ。

Sさんに言われたとおりにはできなった。だいぶ手抜きになっちゃたよ。

力が出なくて、支柱を深く刺せなかったよ。

手伝ってよ。原チャリで飛んできて。

 

ありがとう。ありがとうだったんだね。

大好きだよ。

今頃になって涙が出る。

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