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2026-01-29 20:45:00

生きていくということ

最近、身近な人の大病の話しや、友人の親が亡くなったり、また、とても親を大切にしている友人の

姿を目の当たりにしたり、生と死について考えることが多くなった。

そして近所に住む両親に、全然優しくできていない自分に後ろめたさを感じていたこの頃。

 

今日は、夕方の家事のあれこれをさっさと済ませて、実家の両親のところへ顔を出した。

(いつもは、要件だけ済ませてさっさと帰っていた)

ゆっくりお茶を飲んで、母親の愚痴を聞いて(愚痴ること。これが元気のバロメーター)、父が育てた野菜をもらって

さぁ帰ろう、と思ったら、「ネギを切って冷凍でもしとかなきゃ傷んじまう」と、母がめんどくさそうに呟いた。

そう、母は、父が育てている野菜の始末に、もううんざりしているのだ。

実家の冷凍庫は、刻んだ野菜でいっぱいだ。うどんやお蕎麦、お味噌汁の具なんて、切らなくても冷凍庫の野菜を

パッパと入れればすぐできる!と、母はよく得意げには言うけど、食べたいものじゃなくて、食べざる負えない状況に

追われる毎日なのだ。一般的には贅沢な悩みだとは思うけど、よく理解できる。かぼちゃを何個も収穫してきた時なんかは、

しんどいったらないだろう。

「ネギ、切ろうか?」と言ってみた。

そうしたら、みるみる顔が明るくなっていくのが分かった。私は、こんなことで大喜びしてくれるのか、と、内心びっくり

したとともに、日頃、こんなささやかな手伝いもしてなかったのか、私は・・・と、とても反省した。

大根いるか?と言われて、この前もらった大根が野菜室にある光景が脳裏に浮かんだけど、いる、と答えて、大きな大根一本と、

大根の酢漬けが入ったタッパーをもらって帰ってきた。

これらをせっせと料理をして消費していくのも、親孝行。野菜美味しかったよ、と、父に言うのも親孝行。そしてまた、張り切って

畑仕事に勤しむ父と、元気に憎まれ口を叩く母に、ネギを切るくらいの軽いお手伝いを重ねる日々を過ごしていきたいと思った。

会いたい人には会いに行く、見たいものは見に行く、季節を愛でる、作りたいものを作る、大好きな人を大切にする。

そうやって生きていきたい。