お寺の写真
仏教のお話
浄土宗のお寺で、ご本尊としておまつりしている仏様は
Q 浄土宗のお寺で、
ご本尊としておまつりしている仏様は次のどちらでしょう?
1.「なむ あみだぶつ」と称えるぐらいだから 【阿弥陀仏】
2. 仏教の仏像だから 【釈迦牟尼仏】(お釈迦さま)
正解は1.【阿弥陀仏】
お寺と同様に、
ご自宅の浄土宗の仏壇でも阿弥陀仏をおまつりします。
しかしながら、
お釈迦様をないがしろにしているわけではありません。
浄土宗は 二尊教(にそんぎょう)といって、
【阿弥陀仏】 と 【釈迦牟尼仏】 の二仏を尊ぶ教えです。
お釈迦様は
「西方に極楽浄土という世界がある。
そこに阿弥陀仏という仏様がいらっしゃる。
その仏の名を呼べば(南無阿弥陀仏と称えれば)
臨終の時に阿弥陀仏じきじきの
お迎えをいただいて、
間違いなく極楽浄土まで導いてくださる。
私の言うことを信じて、
念仏を称えて極楽浄土を目指せ」
ということをお示しくださった仏様。
阿弥陀仏は
「六道をめぐる苦しみ
(仏のような完璧な存在になれない限り、
地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天人の
六つの世界で生まれ変わり死に変わりを繰り返す。
つまり、いつまでたっても苦しみが絶えることがない)
から抜け出せない者を救うために
極楽浄土を構えた。
極楽浄土に行きたい、という願いをもって
私の名を呼んだならば、
臨終の時には必ず迎えに行く」と
お約束してくださった仏様。
お釈迦様は後押しを、
阿弥陀仏は救いの手を差しのべておられます。
二尊の仰せを信じ、
「南無阿弥陀仏」と称えるのが、
法然上人お示しのお念仏です。
自力と他力
六道輪廻からの解脱( = 脱出)です。
仏教の目的は、
そのための方法は、
大きく分けると2つになります。
● 1つは「自力・聖道門」
自らの力で根本煩悩「無明」を断ち切って、
この世で仏となり、
六道輪廻から抜け出ていく方法です。
● もう1つは「他力・浄土門」
自らの力で「無明」を断ち切ることができないので、
阿弥陀佛の本願力( = 他力)にすがって
極楽浄土に往生させていただくことで、
六道輪廻から抜け出ていく方法です。
浄土宗は「南無阿弥陀佛」と称える教えなので、
後者の他力浄土門に属します。
浄土宗の法話で、
“救い”とか“救済”という言葉がでてきたら、
阿弥陀佛の他力によって六道輪廻から抜け出て、
極楽浄土に往生することを意味します。
仏教における「善い行い」とは
仏教における善・悪は
六道( 地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天人 )から
出ていくか否か、が基準になります。
・六道から出ていくための行いが[善]
・六道に留まることになる行いが [悪]
一般社会での悪い行いは、
仏教的にも悪い行いです。
そのような行いをすれば、
来世は地獄・餓鬼・畜生の世界に生まれることになります。
一方、
一般社会での善い行いが、
仏教的にも善い行いになるかというと、
必ずしもそうではありません。
なぜならば、
仏教の目的は六道から出ていくことであり、
世間的な善行のみでは
六道から出ていくだけの
力が足りないからです。
世間的な善行を
否定しているわけではありません。
善い行いをすれば、
自分の周りも社会も明るくなります。
したがって、
各自の力に応じて
積極的に進めていくべきではあります。
それに加えて、
六道から出ていくためには
仏説に基づく善い行い、つまり、
仏さまが指定しておられる
[ 善い行い ]を実践する必要があります。
阿弥陀佛 と 釈迦牟尼佛 のお二人は、
お念仏を称えれば
極楽浄土に往生できると
お示しくださいました。
それはつまり、
[ 六道から出ていける ]ことを意味しています。
お念仏の教えにおいては、
極楽浄土への往生を
心から願って「 南無阿弥陀佛 」と声に出す。
それが最も[ 善い行い ]なのです。
二祖 聖光上人
(しょうこう しょうにん 1162~1238)
2月29日は、浄土宗の2代目を継がれた
聖光上人がご往生された日です。
筑前国 香月(現在の北九州市八幡)でお生まれになり、
22歳で比叡山にご修学。
29歳で帰郷。
30歳で油山の学頭を務めます。
※油山の学頭とは
油山は、福岡市の西南7キロほどのところにある高さ600メートルの山で、
聖光上人の当時、山中の東西それぞれに360もの僧坊があり、
九州第一の学問道場でした。
学頭とは、学事を統轄する役で、現代でいえば学長。
30歳にして学長ですから、よほど優秀であったと想像できます。
32歳の時、弟の三明房さまが目の前で突然もだえ苦しみ、
気を失ってやがて絶命します。
突然の無常に驚くとともに、
三明房さまの行き先が気になりました。
修行の完成を待たずに命を失った者は、
地獄か、餓鬼か、畜生の世界に行くと決まっています。
それは聖光上人ご自身とて同じこと、
いくら学問を積んでも、この世で悟って仏になれなければ
来世は地獄・餓鬼・畜生のいずれかに行くのが確実です。
学問だけの仏教では何の役にも立たないことを痛感し、
“ 悪道へ行かないための教え ”
を真剣に求めざるをえなくなりました。
36歳で上洛した際に法然上人とのお出会いがあり、
それは同時に、三明房さまの死以降 切実に求め続けてきた
“ 悪道へ行かないための教え ”
との出会いでもありました。
その教えとは、
阿弥陀仏の本願に基づくお念仏の教え。
つまり、
「助け給え」 の思いで称える 「南無阿弥陀佛」 のお念仏です。
法然上人から直接教えをいただくなかで、
本願のお念仏こそが
六道輪廻から抜け出す実践だと確信されたのです。
そして、法然上人の説と偽った邪義・邪説が横行するなかで、
名声や利欲に惑わされずに本願のお念仏を正しく受けとめられ、
その教えを正しく伝えるためのご生涯を歩まれました。
