お寺の写真

仏教のお話

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浄土宗のお寺で、ご本尊としておまつりしている仏様は

Q 浄土宗のお寺で、

  ご本尊としておまつりしている仏様は次のどちらでしょう?

1.「なむ あみだぶつ」と称えるぐらいだから 【阿弥陀仏】

2. 仏教の仏像だから 【釈迦牟尼仏】(お釈迦さま)


正解は1.【阿弥陀仏】

お寺と同様に、

ご自宅の浄土宗の仏壇でも阿弥陀仏をおまつりします。

しかしながら、

お釈迦様をないがしろにしているわけではありません。

 


浄土宗は 二尊教(にそんぎょう)といって、

【阿弥陀仏】 と 【釈迦牟尼仏】 の二仏を尊ぶ教えです。


お釈迦様は

「西方に極楽浄土という世界がある。

そこに阿弥陀仏という仏様がいらっしゃる。
その仏の名を呼べば(南無阿弥陀仏と称えれば)

臨終の時に阿弥陀仏じきじきの
お迎えをいただいて、

間違いなく極楽浄土まで導いてくださる。

私の言うことを信じて、

念仏を称えて極楽浄土を目指せ」

ということをお示しくださった仏様。



阿弥陀仏は

「六道をめぐる苦しみ

(仏のような完璧な存在になれない限り、

地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天人の

六つの世界で生まれ変わり死に変わりを繰り返す。

つまり、いつまでたっても苦しみが絶えることがない)

から抜け出せない者を救うために
極楽浄土を構えた。

極楽浄土に行きたい、という願いをもって

私の名を呼んだならば、

臨終の時には必ず迎えに行く」と

お約束してくださった仏様。

 



お釈迦様は後押しを、

阿弥陀仏は救いの手を差しのべておられます。             


二尊の仰せを信じ、

「南無阿弥陀仏」と称えるのが、

法然上人お示しのお念仏です。

2019-02-17 16:20:44
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自力と他力

六道輪廻からの解脱( = 脱出)です。

仏教の目的は、

そのための方法は、

大きく分けると2つになります。

 

● 1つは「自力・聖道門」

 

自らの力で根本煩悩「無明」を断ち切って、

この世で仏となり、

六道輪廻から抜け出ていく方法です。

 

      

● もう1つは「他力・浄土門」

 

自らの力で「無明」を断ち切ることができないので、

阿弥陀佛の本願力( = 他力)にすがって

極楽浄土に往生させていただくことで、

六道輪廻から抜け出ていく方法です。     

 

 

浄土宗は「南無阿弥陀佛」と称える教えなので、

後者の他力浄土門に属します。

 

浄土宗の法話で、

“救い”とか“救済”という言葉がでてきたら、

阿弥陀佛の他力によって六道輪廻から抜け出て、

極楽浄土に往生することを意味します。

2019-02-17 15:57:17
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仏教における「善い行い」とは

仏教における善・悪は
六道( 地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天人 )から
出ていくか否か、が基準になります。

・六道から出ていくための行いが[善]

・六道に留まることになる行いが [悪]

一般社会での悪い行いは、

仏教的にも悪い行いです。
そのような行いをすれば、

来世は地獄・餓鬼・畜生の世界に生まれることになります。

一方、
一般社会での善い行いが、

仏教的にも善い行いになるかというと、
必ずしもそうではありません。

なぜならば、

仏教の目的は六道から出ていくことであり、
世間的な善行のみでは

六道から出ていくだけの

力が足りないからです。

世間的な善行を

否定しているわけではありません。
善い行いをすれば、

自分の周りも社会も明るくなります。
したがって、

各自の力に応じて

積極的に進めていくべきではあります。

それに加えて、

六道から出ていくためには

仏説に基づく善い行い、つまり、
仏さまが指定しておられる

[ 善い行い ]を実践する必要があります。

阿弥陀佛 と 釈迦牟尼佛 のお二人は、
お念仏を称えれば
極楽浄土に往生できると

お示しくださいました。

それはつまり、

[ 六道から出ていける ]ことを意味しています。

お念仏の教えにおいては、
極楽浄土への往生を

心から願って「 南無阿弥陀佛 」と声に出す。


それが最も[ 善い行い ]なのです。

2019-02-17 15:51:27
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二祖 聖光上人

(しょうこう しょうにん 1162~1238)

2月29日は、浄土宗の2代目を継がれた
聖光上人がご往生された日です。


筑前国 香月(現在の北九州市八幡)でお生まれになり、
22歳で比叡山にご修学。
29歳で帰郷。
30歳で油山の学頭を務めます。

※油山の学頭とは

油山は、福岡市の西南7キロほどのところにある高さ600メートルの山で、
聖光上人の当時、山中の東西それぞれに360もの僧坊があり、
九州第一の学問道場でした。

学頭とは、学事を統轄する役で、現代でいえば学長。
30歳にして学長ですから、よほど優秀であったと想像できます。



32歳の時、弟の三明房さまが目の前で突然もだえ苦しみ、
気を失ってやがて絶命します。

突然の無常に驚くとともに、
三明房さまの行き先が気になりました。
修行の完成を待たずに命を失った者は、
地獄か、餓鬼か、畜生の世界に行くと決まっています。

それは聖光上人ご自身とて同じこと、
いくら学問を積んでも、この世で悟って仏になれなければ
来世は地獄・餓鬼・畜生のいずれかに行くのが確実です。

学問だけの仏教では何の役にも立たないことを痛感し、
“ 悪道へ行かないための教え ”
を真剣に求めざるをえなくなりました。



36歳で上洛した際に法然上人とのお出会いがあり、
それは同時に、三明房さまの死以降 切実に求め続けてきた
“ 悪道へ行かないための教え ”
との出会いでもありました。

その教えとは、
阿弥陀仏の本願に基づくお念仏の教え。
つまり、
「助け給え」 の思いで称える 「南無阿弥陀佛」 のお念仏です。

法然上人から直接教えをいただくなかで、
本願のお念仏こそが
六道輪廻から抜け出す実践だと確信されたのです。

そして、法然上人の説と偽った邪義・邪説が横行するなかで、
名声や利欲に惑わされずに本願のお念仏を正しく受けとめられ、
その教えを正しく伝えるためのご生涯を歩まれました。

2019-02-17 15:36:47
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山号(さんごう)とは

寺院名の前につく ◯◯山 の部分を
山号(さんごう)といいます。

 

浄土宗の総本山

知恩院は「華頂山」

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 もとは、

比叡山 延暦寺 や
高野山 金剛峰寺 のように、
山中に建てられたお寺につけていましたが、
後世になって、平地のお寺にも
山号を用いるようになりました。

その際、山号として選ばれたのは
仏教用語や地名などで、
必ずしも実在の山名ではありませんでした。



誓願寺の場合、
正覺山は実在の山ではなく、仏教用語からきています。

2019-02-17 15:34:48
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