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パンドラの箱、かもしれない箱。
目の前に、箱がある。
たとえばそれが、パンドラの箱であったとして、
開ける勇気はありますか。
もしかしたら、
パンドラの箱、に似た何か。
さいごの、最後に、希望すら残らない何か。
もしも、そんな箱であったとして、
それでも、あなたは、その箱を開ける勇気はありますか?
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有名なパンドラの箱。
ギリシャ神話で、最高神ゼウスが、人類最初の女性であるパンドラに渡した箱。
元々は、ゼウスが人間を懲らしめるため、『絶対に開けてはならぬ』と渡したもの。
パンドラが、好奇心からその箱を開けた途端、
この世のありとあらゆる災厄が飛び出してきた。
彼女は慌てて箱を閉めたけれど、時すでに遅し。
箱の中身はすでに解き放たれ、地上に降りかかったという。
そして、最後に、箱の底に残ったのは、❝希望❞。
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たとえ❝絶望❞の淵に立たされても、
その先に❝希望❞があるのならば、人は生きていくことができます。
けれど・・・
もしも❝希望❞すら残らない状況だったとしたら。
❝絶望❞の先に❝絶望❞しか現れないのだとしたら。
最後に、底の底に何一つ残らない、パンドラの箱、のようなもの。
パンドラの箱、に似て非なるもの。
・・・そんな状況を想像したことはありますか。
現実は、確かにそういうことも多いかもしれません。
❝希望❞と❝絶望❞が、等しく同じように現れるとは限りません。
そんなとき、どうするか。
❝絶望❞に打ちひしがれたままでいるのか。
それでも、❝希望❞を探し続けるのか。
色々な道はあると思います。
つい先日も、同じような内容で書きましたが、
やはり、必ず❝希望❞はあると思っています。
私自身は、その先の❝希望❞を探し続けたい、と思っています。
少なくとも、探し続けているうちは、自身の中に❝希望❞はあるのですから。
その❝希望❞の灯を消してしまわないように、先へ先へ❝希望❞を探しに行きたいと思います。
むろん、探し出した❝希望❞が、自分が期待するものであるとは限りません。
もしかしたら、人は、それこそを❝絶望❞と呼ぶのかもしれません。
けれど、開けた箱の底に❝≪自分が期待するような≫希望❞がないのは、己の選択した結果ゆえのこと。
その結果を引き受けるのもまた、自分自身の責務だと、そう思っています。
目の前に、箱があります。
あなたは、その箱を開けますか・・・?