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河田設計一級建築士事務所 河田 周様
旧堀氏庭園との関わり 2005年、当時の津和野町担当者はこれからの文化財修理の設計監理は地元で行えるようにする必要があると、文化財建造物保存技術協会が行う主屋の調査に同行させていただいたことから旧堀氏庭園に関わることとなりました。
以来、2017年3月畑迫病院修理の設計監理業務が終わるまで10年を超えて通うことになりました。
文化財的価値
指定理由に「近世から近代の銅山師に関する一連の庭園」と書かれています。
近世は江戸期、近代は明治から昭和初期で、庭を切り口として江戸期から昭和初期まで銅山経営の歴史を見ることができます。
庭はそれだけで存在するものではなく、建物と併せて存在しています。
主屋には主庭、楽山荘には庭園と和楽園、畑迫病院には前庭が、それぞれが目的を持って存在していて、堀家の歴史やその時代背景を感じさせてくれます。
荒廃した文化財の修理現場に潜入
そんな隆盛を極めていた堀氏ですが、社会構造の変化によって急速に勢いが衰えていきました。
建物を維持管理していくだけの経済的な後ろ盾を失ってからは、主屋、畑迫病院ともに建物背面の崩落が進んで行き、2005年の主屋調査に至ることになります。主屋北側背面は倒木によって破損が広がり、背面の二階建建物がほぼ崩落していました。そこは戦争で破壊されたかのような、それは迫力のある現場でした。更なる崩落に気を配りながら、崩れ落ちて堆積している建物の部材をひとつひとつ拾い上げて、部位を考察して記録を取りながら、保存小屋に格納する作業が始まりました。拾い上げた部材からパズルのように元の状態を想像するのは楽しい作業でした。
過去の遺産を現代の価値で焼き直す
これからの文化財は活用することが求められる時代になりました。庭や建物の維持管理に加えて施設の運営が行えるだけの収益をあげるのは至難の業です。銅山経営で築いてきたものを現代の価値(ニーズ)で焼き直していく必要があります。その意味でも旧畑迫病院の修理活用方針と運営スタイルは挑戦的な試みであると言えます。今後の更なる展開を期待しています。
文化財行政の使命
旧堀氏庭園の建造物修理事業を通して、地元で文化財修理を行う環境が作られたことは大変重要なことです。今後私たちに課せられた使命は次世代にこの状況を引き継ぐことであり、そのためには文化財修理の仕事を継続的に行う必要があると強く思っています。