2025-11-06 17:12:00

また一店

また一店。

地域の名物店舗が閉まりました。さつま町の【フレッシュくまだ】さんです。

前身の雑貨店からでは90年以上、食品スーパーとしては34年間営業を続けてこられたそうで、現社長の熊田卓三さんは3代目の56才。

当店とほぼ同じ業歴のようです。 鹿屋市吾平町とは相当に距離が離れており、残念ながら一度も立ち寄る事は出来ませんでしたが、KTSで何度も特集が組まれ、地域に深く根付く・頑張る名物店舗として紹介されていました。

 

私と同じく三代目の熊田社長は、リーダーシップを発揮し続け、先頭に立って常に前向きに店を切盛りしてこられた様です。【フレッシュくまださん】の営業最終日に、社長の【熊田卓三氏】の挨拶が、心を打ち、深く沁みました。

【「色んな地域に、小さなお店がいっぱいある。そのお店、無くなって欲しくないお店、あると思います。それを守っていくのはその地域の皆さんだと思います。皆さんでしっかり守ってあげてください。ありがとうございました」】 熊田社長の挨拶のひと場面です。

この、一言に【地域のお客さんの為、従業員・家族の為に、如何に真摯に商売に向き合い、努力を続けてこられたか】が、表れていると思いました。

 

まだまだお若いし、やりたい事・やり残した事も多々あったかと思いますが、とりあえずしばらくは肩の力を抜いてゆっくりとされて下さい。おつかれさまでした。

私などは足元にも及びませんが、熊田卓三氏の思いを引き継いで、地域の為・家族の為に気を引き締めて頑張らねば・・・と、思いをあたらにした挨拶と特集でした。

 

2025-11-05 08:56:00

くらしのなんでもレスキュー

くらしのなんでもレスキューについて。

9月22日(月)に南日本新聞にてチラシ折込みを行って以降、吾平町内外から、連日のご相談のお電話、多数のご依頼をたまわりました。まことにありがとうございます。

天候不順での度重なる順延や、水漏れや雨漏りの応急対応が割込みで入ったり、ストーブの点検・芯交換が緊急で入ったりして、まったく当初の予定通りには進みません。

私用や、丸万の80周年イベント、各種書類作成、商工会・消防団の研修もあり、その都度作業日を組み替えたりしながらも地道にコツコツと行ってきました。

お客様方のご理解・ご協力もいただけたおかげで、正式にご依頼いただいた分は【あと2件で】とりあえずゴールとなります。 

この間、連日ペルチェベストを着て作業していたのが、今や長袖シャツを着るまでに季節が進み、朝晩だけでなく日中でも薄手のジャンバーを羽織る日もでてきました。

 

体調管理と怪我には一層気を付け乍ら頑張ります。

11月5日(水)以降にお受けした分は、11月17日(月)以降の作業開始となります。なにとぞご理解の程お願い致します。

 

尚、令和7年11月1日で、ストーブの芯交換は、通算【322台】目となりました。

 

 

2025-11-02 09:00:00

ストーブ芯交換できます

ストーブ芯交換できます。

朝晩が冷えてきました。通勤・登校・仕事の準備等で、早朝から8時過ぎまでのちょっとの間、暖が欲しい日もこれから益々増えてきます。

こんな時に、速攻で・ピンポイントで暖めてくれて・コスパも良くて・便利なのが【石油ストーブ】です。

石油ストーブは、灯油さえあれば停電時(電気がない所でも)にも使えるし、日常・非日常でも、とても頼りになります。

指先はもちろん身体の芯から直ぐに暖められます。オレンジ色の炎はどこか懐かしさを感じられ・ホッとする感覚は、エアコンには無い大きな特徴です。

 

毎年、灯油が原因でのトラブル・相談が後をたちません。 ご使用前に、まず、灯油をご確認下さい。 

ひと夏越した灯油や保管状態が良くなかった灯油には、ほこりや余計な水分が入り込みやすく、変質して不良灯油となり、芯の硬化や着火不良、煤の発生を惹き起こします。

ましてや、数年に渡って灯油を入れたままで長期間放置されていたストーブを久々に使用される時には特に注意が必要です。 本体そのものにダメージが生じている場合もあり、芯を交換しても正常に着火・燃焼しない場合もあります。

正常な灯油は透明です。 古くなり変質した灯油程、色が黄色くなっていき、臭いもきつくなっていきます。

ストーブのタンク受け皿内の灯油が【茶色に近い】場合は、保管されていた灯油の完全廃棄と、灯油タンク(ポリタンク)ごとの買換えを強く推奨します。 また、そのような際には、芯交換は中止(断念)し、ストーブ本体の買替えをご提案いたします。

2025-10-27 07:58:00

中央消防署視察研修

昨日、中央消防署の視察研修に行きました。

これは、鹿屋市消防団 吾平中央分団 の単独研修の一環で、大隅肝属消防組合 中央消防署長の快諾 で実現となりました。

【施設内各所の見学】【救急車の見学】【各車両の特性や装備品等の説明・消防団との連携の際の注意点】【火災現場での車両配置・水利部署の基本・消火戦術の講習(改めての再確認)】【梯子車搭乗】など、時間の経過を忘れるほどの盛りだくさんの内容でした。 

なかでも【通信指令室】はまず目にすることのできないので、良い体験となりました。

昨日参加した団員は、分団員の中でも出動回数が多く(おそらく吾平方面隊全体の中でも最多)実践経験も豊富な機関部員・幹部の計11名です。長年の現場での経験を基に的を射た質問が各員から発せられ、それに対して丁寧に説明・返答して頂き、非常にためになる大変意義深い研修でした。

対応して下さった中央消防署の方々、研修を快諾して頂いた 中央消防署 安田浩士署長、そして今回の研修を企画した、中央分団の分団長・副分団長。 ありがとうございました。

 

尚、昼夜を問わない発災時には、昨日の11名に、今回は都合がつかず不参加となった6名~9名程(彼らも現場での経験が多く、消防署の指示に柔軟に対応したり、その時々に応じた瞬時の判断力も高い団員です)が加わり、迅速で献身的な活動を行っています。

2025-10-21 21:19:00

なぜ丸万の名前にしたのか

なぜ、丸万の名前にしたのか。

町探検で来店した児童にも毎回毎回よく聞かれるので、改めて、店名の由来についてお知らせします。

 当店の現在の屋号は【ホームショップ丸万】です。平成6年12月末から使用しております。

それ以前は【丸万金物店】でした。昭和35年頃から平成6年12月中旬まで使用しておりました。

その前は【四元金物店】で、昭和20年代に食料雑貨店から、金物・荒物店に業態転換した時から、昭和35年頃まで使用しておりました。

それ以前、祖父母が食料雑貨店を開業した頃から、昭和20年代までは【四元商店】だった様ですが(記録もなくはっきりとはしません)、

祖父の名前から、もっぱら【まんぜドンの店】と呼ばれていたそうです。

 

さて、屋号やロゴマークとして使われている【丸】と【万】についてです。

 

【万】の文字は、祖父の名前【萬左衛門】の【萬】から拝借しています。 

金物・荒物店に業態転換し、屋号を【四元金物店】に変更してしばらく経った、昭和30年頃には、複数の問屋との太いパイプも出来、様々な商品の取り扱いを始めて、祖父の名前【萬左衛門】の萬の文字が表している様に【よろず屋】的な存在となりました。

ロゴマークの作成。

四元金物店として10年ほど経過した昭和30年頃には、取扱品目も徐々に増え地域に認知されました。 その際に、萬左衛門の店である事を明示する為に、【萬】の文字を【丸】で囲む形状の【ロゴマーク】が作られて、店舗正面に掲示されました。 このロゴマークの形状から、徐々に【まるまん】の呼び名が通称化していき、地域に広く浸透して行きました。

 

丸万金物店に屋号を変更する頃には、複数の問屋からの更なる協力も得られて、更に幅広い品揃えとなり、まさに家業を象徴するピッタリの屋号となりましたが、【丸萬】では画数が多く書きにくい為、常用漢字の【万】の字にした様です。

四元金物店時代に作られた、【萬】の文字を丸で囲む形状のロゴマークは、そのまま継続使用され、現在も、看板やチラシ等に掲示しております。

増改築の際に取り外し、掲示していない時期もありましたが、昭和50年代後半からは、ずっと掲げ続けております。

 

もう一方の【丸】ですが、

『家庭円満』『正しい行いをして間違った事はしない』『限りなく栄えられる願掛け』の意味が込められている様です。

 

金物・荒物店に業態転換して、80年目になりました。

祖父母が食料雑貨店を開業した頃からでは、95年を超えている様です。

現店主が帰郷して30年。事業承継して19年目です。先々代、先代同様、今後とも末永いご愛顧の程よろしくお願い致します。