彫金(手彫り)の歴史

輝彫のこだわりを伝える

「手彫り」の伝承と、その歴史

 

輝彫の指環には、輪工房の職人達がひとつひとつ丁寧に「手彫り」を施しています。

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匠の技「手彫り」は、金属工芸の世界では彫金(ちょうきん)と呼ばれています。

諸説ありますが、我が国の彫金の技術は1500年近い歴史があり、古墳時代に大陸から渡来した技術者によって伝えられたとされています。そして、かなり早い段階から指環等の装身具に彫金する基本的な技術は、既に定着していたとされています。

平安時代となり、武士が台頭する時代になると彫金文化は大きく花開きます。武士階級の権力を象徴する証として、各々が用いる刀剣や鎧甲等に、競うように彫金の装飾が施されていったのです。そして室町時代になると、将軍家お抱えの彫金師やその一族が現れます。多くの高名な職人達が誕生し「流派」や「格式」が生まれ、後世に残る素晴らしい作品が次々と創られて、現代においても受け継がれる高度な技法の礎が出来上がったのです。

戦乱の世が過ぎ去り、天下太平と呼ばれた江戸時代になると、刀剣は武器としての「実用性」を重んじるものから、その意匠に価値観を見出すような「作品性」を求めるものへと変化しました。この流れの中で、精密で細かい彫金の技術が完成しました。輪工房の作品でも用いられる絵筆等の筆勢そのままに鏨(たがね)で表現した片切彫(かたぎりぼり)の技法はこの頃に確立したと言われています。刀剣や武器だけでなく、一般の人々の生活用品である煙管(きせる)や根付(ねつけ)等にも施されるようになり、まるで流行のファッションのように世間に広がったと言われています。まさに、彫金は武家の力を示すものから、華やかな町民文化の象徴へと変化していったのです。

それ以降、明治、大正、昭和、平成と、彫金は日本独自の繊細さや斬新な表現方法を産み出しながら伝統技術として発展してきました。時代は令和となり、今日も輪工房からは鏨を叩く音が聞こえてきます。彫金の技術は絶えることなく伝承され「手彫り」の指環へと受け継がれています。我が国においては師弟制度が当たり前だった時代から、現代の技術革新の時代に至るまで「ひと」から「ひと」へ力強く伝承してきたからこそ、誰もが世界最高水準と認める日本独自の彫金技術「和彫り」(わぼり)が確立したのです。

1500年間に渡りたくさんの日本人の人生と共に刻まれてきた技を、今度はおふたりの新しい人生によって、さらなる未来へと伝承してください。

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