異世界Reboot 小説版
――勇者ではなく、行程表で老いた王国を再起動する――
はるきReboot事務所の考え方を、異世界の王国を舞台にした読み物として再構成した物語です。
第7章では、魔物の問題に見えていた出来事の裏側に、橋・道・人の流れが止まっていた現実が見えてきます。
第7章 橋が落ちて、町は閉じた
森の方角から、何度も鐘が鳴っていた。
広場に人が集まり始める。
また魔物か。最近、畑まで来るようになった。今年も作物がやられる。やっぱり森は危ない。
誰もすぐには動かなかった。いや、動けないのかもしれなかった。
リオが斧を持ち上げる。
「行くぞ」
ハルキはその手を止めた。
「ちょっと待ってください」
「何だよ。畑が荒らされてるんだぞ」
「その魔物って、人を襲うんですか?」
リオは少し考えた。
「いや、人を襲った話はあまり聞かない。でも畑を荒らす。柵を壊す。作物を食う」
ガルドが低い声で言った。
「森から来て、町に害をなすものだ。昔から、あれは魔物と呼んでいる」
「呼び方は分かりました。でも、原因は別にありそうです。現場を見たいです」
森へ向かう途中、ハルキは何度も足を止めた。
道がある。しかし、草に埋もれていた。石畳の一部が見える。その上に土が積もり、草が伸びている。昔は人が通っていた道だ。でも今は、人の気配がほとんどない。
「昔はこのあたり、商人も通ってたらしい。隣町へ行く道だったって聞いたことがある」
リオが言った。
ハルキはしゃがみ、草を払った。
「まだ道は残ってます」
さらに進むと、開拓地に出た。畑があった。だが、柵は傾き、草は伸び放題で、見回りの足跡も少ない。畑と森の境目が、あいまいになっていた。
そこに、黒い獣が数匹いた。犬ほどの大きさ。黒い毛。赤く見える目。牙もある。
けれど、ハルキたちに気づくと、獣たちは慌てて草むらへ逃げていった。
「……逃げましたね」
リオが目を丸くする。
「魔物なのに?」
「人を襲いに来たというより、食べ物を探しに来ているように見えます」
ハルキは畑の周りを見た。倒れた柵、伸びた草、放置された道、人の気配が薄くなった開拓地。
「ここは、人が通らなくなったんですね」
「まあ、昔よりは」
「見回りも減った」
「若い奴がいないからな」
「草刈りも減った」
「人手がない」
「柵の修理も後回し」
リオは黙った。
ハルキは森と畑の境目を見た。
「獣から見れば、ここはもう人間の場所に見えないんだと思います」
人が通る。草を刈る。柵を直す。畑を見回る。そういう気配がある場所には、獣も近づきにくい。けれど、それが消えた。だから森と畑の境目がなくなった。
リオが小さく言った。
「だから、畑に入ってくる……」
ハルキは頷いた。
「魔物が強くなったんじゃない。人の流れが止まったんです」
その時、開拓地の奥でリオが何かを見つけた。
倒木の向こうに、大きな崩落がある。崩れた土の下から、石の土台が見えていた。
ハルキは近づいた。
石畳。橋脚。昔の橋の跡だった。
「橋ですね。昔は、ここから隣町へ抜けられたんだと思います」
リオは黙った。
橋が落ちた。人が通らなくなった。商人も来なくなった。手紙も遅くなった。畑の見回りも減った。道も草に埋もれた。その結果、獣が入るようになった。
「これは、魔物討伐の話だけではありません。橋と道と人の流れの話です」
リオは斧を下ろした。
「じゃあ、倒せば終わりじゃないのか」
「はい。追い払っても、また来ます。畑が放置されている限り。道が使われていない限り。人の気配が戻らない限り」
風が吹いた。
草に埋もれた石畳が、少しだけ見えた。
「この町は、魔物に襲われていたんじゃない。外とのつながりと、人の流れを失っていたんです」
リオはしばらく橋の跡を見ていた。
そして、小さく言った。
「……斧だけじゃ、直らないな」
ハルキは頷いた。
「はい。だから、行程表が要ります」
