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2026-05-10 17:33:00
第3章 金貨はある。でも、種がない

異世界Reboot 小説版

――勇者ではなく、行程表で老いた王国を再起動する――

はるきReboot事務所の考え方を、異世界の王国を舞台にした読み物として再構成した物語です。

第3章では、王様を待ち続ける町で、本当に先に整えなければならないものが見えてきます。

第3章 金貨はある。でも、種がない

長老会の建物は、町の中心にあった。

石造りの大きな屋敷。古く、立派ではあるが、どこか重たい。入口には色あせた旗が掲げられていた。王冠と麦の穂の紋章。その下には小さく文字が刻まれている。

『王と大地により、民は生きる』

ハルキはその文字の前で足を止めた。

「昔は、王様が全部決めてたらしい」

リオが言った。

畑の配分。市場の場所。街道の整備。魔物討伐の報酬。王が決め、民が従う。それがこの王国の形だったという。

「でも今は王様がいない。俺が生まれる前に最後の王様が消えて、それっきり。王女様もいない。王位継承者もいない。長老会はずっと待ってる。いつか正統な王が戻るって」

「その間、誰が町を動かしてるんですか?」

リオは苦笑した。

「動いてないから困ってる」

扉が開き、中から背の高い老人が出てきた。白い髭、深いしわ、鋭い目つき。杖をついているが、足取りはしっかりしている。

「お前が、空から来た者か」

リオが小声で教えた。

「ガルド・モルガン。長老会の代表」

ガルドはハルキを上から下まで見た。

「剣は?」
「ありません」
「魔法は?」
「使えません」
「王家の血は?」
「ないと思います」

ガルドの眉間に深いしわが寄った。

「では、何ができる」

ハルキは少し困った。

「……整理ですかね」

広場が静かになった。長老たちが顔を見合わせる。誰かが笑った。

勇者ではなく、片付け係か。王国も終わりだな。そんな声が広場に漏れた。

リオは少しむっとしたが、ハルキは気にしなかった。

「今の話を聞く限り、片付けから始めた方がいい気がします」

ガルドの目が細くなる。

ハルキは、王様、王位継承、若者、橋、畑、種、魔物、市場、通信と、今聞いた問題をひとつずつ並べた。

「全部いっぺんに話すと、何も決まりません」

ガルドは杖を強く突いた。

「この町の最優先は王位継承だ。王が戻れば、すべて整う。王が命じれば民は従う。王が定めれば、道も市場も動く」

ハルキは首をかしげた。

「でも、王様はいないんですよね?」

空気が固まった。

長老の一人が怒鳴る。王は戻る。正統な血筋は必ず見つかる。だがハルキは静かに聞いた。

「いつですか?」

誰も答えなかった。

明日ですか。来月ですか。来年ですか。

沈黙だけが返ってくる。

「では、その間に食料はどうするんですか?」

その言葉に、リオが顔を上げた。ガルドの表情も少し変わった。

長老の一人は鼻で笑った。

「食料ならある。倉庫に蓄えがある。金貨もある。買えばいい」

ガルドも頷いた。

「この町には蓄えがある。簡単に飢えることはない」

ハルキは聞いた。

「種は?」

また沈黙が落ちた。

リオが小さく答えた。

「……ない。数年前から、まともに残してない。食料は買えるからって。畑も減った。作る人も減った。種を残す人もいなくなった。今ある食料は、あと二、三年くらい」

長老が割って入った。

「だから買えばいいと言っておる! 金貨はある! 食料は買える!」

「今は、ですよね」

ハルキの言葉に、老人は黙った。

「来年も買える保証はありますか。再来年も。隣町が売らないと言ったら。値段を十倍にされたら。街道が塞がったら。魔物が出たら。相手の国が不作になったら」

誰も答えない。

広場の端で、マーサ婆さんが腕を組んで聞いていた。

「食料を買うことが悪いんじゃありません」

ハルキは言った。

「食料しか買えない町になることが危ないんです」

その時、屋敷の中から丸い眼鏡の老人が出てきた。細い体に、大量の書類を抱えている。セドリック爺だった。

「ガルド。例の見積書が届いている」

北の農業国家グランベルからの見積書。春まき種一式。価格は、通常価格の百倍。

広場が一気にざわついた。

高すぎる。ふざけるな。昔はそんな値ではなかった。ぼったくりだ。足元を見ている。

ガルドも怒鳴った。

「昔は銀貨一枚で買えた種だぞ! 百倍など、認められるか!」

ハルキは紙を見つめ、静かに聞いた。

「買わない場合、来年の畑は?」

誰も答えない。

「種がなければ、畑はどうなりますか?」

リオがつぶやいた。

「……何も植えられない」

「では、これは食料の値段ではありません」

ハルキは見積書を持ち上げた。

「未来の畑の値段です」

長老たちは黙った。

ガルドが睨む。

「よそ者に何が分かる」

「分かりません。だから、まず調べます」

ハルキは言った。

何日分の食料があるのか。どれだけの種が必要なのか。使える畑はどこか。作れる人は誰か。食料を買い続ける場合、何年もつのか。種を買う場合、何年で戻せるのか。

ガルドが低く聞いた。

「何をする気だ」

「診断書を作ります」

長老たちはまた顔を見合わせた。

「この町の現在地を知るためのものです。王様を探す前に、まず、この町がどこに立っているのかを見ましょう」

風が広場を抜け、古い旗が揺れた。

王冠と麦の穂。

その紋章を見ながら、ハルキは思った。

王冠は食べられない。金貨も食べられない。でも、種は未来の食べ物になる。

そしてこの町は、その種を高いと言って、買わずに済ませようとしていた。

「順番ですね」

「何が?」

リオが聞き返す。

ハルキは、老人たち、空き家、閉じた店、古い城、そして遠くの畑を見た。

「王様より先に、畑です」


次回予告

第4章「若者が報われない町」へ続きます。

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