異世界Reboot 小説版
――勇者ではなく、行程表で老いた王国を再起動する――
はるきReboot事務所の考え方を、異世界の王国を舞台にした読み物として再構成した物語です。
第3章では、王様を待ち続ける町で、本当に先に整えなければならないものが見えてきます。
第3章 金貨はある。でも、種がない
長老会の建物は、町の中心にあった。
石造りの大きな屋敷。古く、立派ではあるが、どこか重たい。入口には色あせた旗が掲げられていた。王冠と麦の穂の紋章。その下には小さく文字が刻まれている。
『王と大地により、民は生きる』
ハルキはその文字の前で足を止めた。
「昔は、王様が全部決めてたらしい」
リオが言った。
畑の配分。市場の場所。街道の整備。魔物討伐の報酬。王が決め、民が従う。それがこの王国の形だったという。
「でも今は王様がいない。俺が生まれる前に最後の王様が消えて、それっきり。王女様もいない。王位継承者もいない。長老会はずっと待ってる。いつか正統な王が戻るって」
「その間、誰が町を動かしてるんですか?」
リオは苦笑した。
「動いてないから困ってる」
扉が開き、中から背の高い老人が出てきた。白い髭、深いしわ、鋭い目つき。杖をついているが、足取りはしっかりしている。
「お前が、空から来た者か」
リオが小声で教えた。
「ガルド・モルガン。長老会の代表」
ガルドはハルキを上から下まで見た。
「剣は?」
「ありません」
「魔法は?」
「使えません」
「王家の血は?」
「ないと思います」
ガルドの眉間に深いしわが寄った。
「では、何ができる」
ハルキは少し困った。
「……整理ですかね」
広場が静かになった。長老たちが顔を見合わせる。誰かが笑った。
勇者ではなく、片付け係か。王国も終わりだな。そんな声が広場に漏れた。
リオは少しむっとしたが、ハルキは気にしなかった。
「今の話を聞く限り、片付けから始めた方がいい気がします」
ガルドの目が細くなる。
ハルキは、王様、王位継承、若者、橋、畑、種、魔物、市場、通信と、今聞いた問題をひとつずつ並べた。
「全部いっぺんに話すと、何も決まりません」
ガルドは杖を強く突いた。
「この町の最優先は王位継承だ。王が戻れば、すべて整う。王が命じれば民は従う。王が定めれば、道も市場も動く」
ハルキは首をかしげた。
「でも、王様はいないんですよね?」
空気が固まった。
長老の一人が怒鳴る。王は戻る。正統な血筋は必ず見つかる。だがハルキは静かに聞いた。
「いつですか?」
誰も答えなかった。
明日ですか。来月ですか。来年ですか。
沈黙だけが返ってくる。
「では、その間に食料はどうするんですか?」
その言葉に、リオが顔を上げた。ガルドの表情も少し変わった。
長老の一人は鼻で笑った。
「食料ならある。倉庫に蓄えがある。金貨もある。買えばいい」
ガルドも頷いた。
「この町には蓄えがある。簡単に飢えることはない」
ハルキは聞いた。
「種は?」
また沈黙が落ちた。
リオが小さく答えた。
「……ない。数年前から、まともに残してない。食料は買えるからって。畑も減った。作る人も減った。種を残す人もいなくなった。今ある食料は、あと二、三年くらい」
長老が割って入った。
「だから買えばいいと言っておる! 金貨はある! 食料は買える!」
「今は、ですよね」
ハルキの言葉に、老人は黙った。
「来年も買える保証はありますか。再来年も。隣町が売らないと言ったら。値段を十倍にされたら。街道が塞がったら。魔物が出たら。相手の国が不作になったら」
誰も答えない。
広場の端で、マーサ婆さんが腕を組んで聞いていた。
「食料を買うことが悪いんじゃありません」
ハルキは言った。
「食料しか買えない町になることが危ないんです」
その時、屋敷の中から丸い眼鏡の老人が出てきた。細い体に、大量の書類を抱えている。セドリック爺だった。
「ガルド。例の見積書が届いている」
北の農業国家グランベルからの見積書。春まき種一式。価格は、通常価格の百倍。
広場が一気にざわついた。
高すぎる。ふざけるな。昔はそんな値ではなかった。ぼったくりだ。足元を見ている。
ガルドも怒鳴った。
「昔は銀貨一枚で買えた種だぞ! 百倍など、認められるか!」
ハルキは紙を見つめ、静かに聞いた。
「買わない場合、来年の畑は?」
誰も答えない。
「種がなければ、畑はどうなりますか?」
リオがつぶやいた。
「……何も植えられない」
「では、これは食料の値段ではありません」
ハルキは見積書を持ち上げた。
「未来の畑の値段です」
長老たちは黙った。
ガルドが睨む。
「よそ者に何が分かる」
「分かりません。だから、まず調べます」
ハルキは言った。
何日分の食料があるのか。どれだけの種が必要なのか。使える畑はどこか。作れる人は誰か。食料を買い続ける場合、何年もつのか。種を買う場合、何年で戻せるのか。
ガルドが低く聞いた。
「何をする気だ」
「診断書を作ります」
長老たちはまた顔を見合わせた。
「この町の現在地を知るためのものです。王様を探す前に、まず、この町がどこに立っているのかを見ましょう」
風が広場を抜け、古い旗が揺れた。
王冠と麦の穂。
その紋章を見ながら、ハルキは思った。
王冠は食べられない。金貨も食べられない。でも、種は未来の食べ物になる。
そしてこの町は、その種を高いと言って、買わずに済ませようとしていた。
「順番ですね」
「何が?」
リオが聞き返す。
ハルキは、老人たち、空き家、閉じた店、古い城、そして遠くの畑を見た。
「王様より先に、畑です」
