お知らせ

2023/11/07

高田街歩きが開催されました🚶🏻🍁

 

11月5日(日)高田街歩きが開催されました🍁🌰

天保後期(1834年)に刊行された「江戸名所図会」に載っている高田エリアをめぐる歴史好きにはたまらないイベントです✨
区外からも2名参加してくださいました。

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20名以上のご参加をいただき、3グループに分かれて出発!

 

●金乗院・目白不動尊・宿坂

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金乗院に、文京区から目白不動尊が来たそう。
宿坂は、中世の時代に「宿坂の関」と呼ばれるところがあったことが由来。
「いざ、鎌倉!」の鎌倉街道に道筋にあったため、宿が並んでいたそう。

 

 

●南蔵院・氷川神社

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「江戸名所図会」では、「高田」と題された挿絵の中央に南蔵院が配され、境内に薬師堂と鶯宿梅が描かれています。
鶯宿梅は、徳川家光が自ら植えたといわれ、このときすでに枯れていたといわれていますが、「新編武蔵風土記稿」では鶯宿梅の実から育った木が院内にあると記されています。
南蔵院の前には右橋、付近には高札場や茶店、道には籠・馬などが描かれています。
なぜ「右橋」というのか、疑問に思いました🔍

道を隔てた向かいに、高田氷川神社があり、位置関係や道の曲がり方などは、現在もほとんど変わっていません。

ロマンがありますね☺️

 

「江戸名所図会」を参照しながら、今も残っているものや無くなっているものを探しながら進んでいきます🚶‍♀️

 

●面影橋・山吹の里碑

高田といえば!面影橋と山吹の里の碑ですね✨

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【山吹の里の逸話】

太田道灌がこの付近に鷹狩りに来た際、急雨に降られて近くの農家で蓑を借りようとたところ、家の中から出てきた娘は、庭に咲く山吹の花を道灌に捧げたそうです。道灌はその意味が理解できずに帰り、周囲のに話したところ、そのうちの一人が、中務卿兼明親王の「七重八重花は咲けども山吹の実の(蓑)ひとつだになきぞ悲しき」の歌を借りて、家に蓑がないから貸すことができないとの意を表したのだろうと話したそうです。自分に歌心のないことを恥じた道灌は、その後、和歌の道に励んだといわれます。この娘は紅皿といい、その墓と称される碑が新宿区にあるそうです。

石碑の前には紅いお皿が置かれています。石碑も背景に文字が書かれており、元は何かに用いられていたものを転用したもので、SDGsだとお話しされていました。

【面影橋】

面影橋の由来にはいくつも説がありますが、その中にあるのが於戸姫の伝説です。於戸姫は、戦国時代にこの地に来たという和田靱負という武士の娘です。結婚を断った武士に誘拐され気を失っていたところを杉山三郎左衛門夫婦に助けられ、やがて近所の小川左衛門に嫁いだそうです。その後、夫の友人に夫を殺され、仇はとったものの、自分の身に相次いで起こる不幸から、家を出て神田川の川辺でわが身を水に写し、亡き夫を想いながら川に身を投げたそう。於戸姫の心情を思いやり、面影橋・姿見橋と名付けたといわれています。

 

〰️新宿区エリア〰️

●高田の七面堂

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東京さくらトラム(都電)面影橋駅の新宿側(愛国製茶さんの横)の坂を上っていくと左にあらわれます。

 

●高田馬場跡

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さらに坂をのぼり大通りまで行かずに左折(早稲田大学方面)すると看板があらわれます!

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●水稲荷神社

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「忠臣蔵」で有名な堀部安兵衛を一躍有名にした事件が「高田馬場の決闘」です!安兵衛は助太刀として参加しました。その石碑が水稲荷神社にあります。

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馬🐴やヤギ🐐にも会えました!

 

 ●甘泉園

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高田生まれ高田育ちの筆者ですが、初めて知ることも多く、楽しく参加できました😆

歴史に興味がある方!お散歩好きの方!地域の歴史に詳しい方!

ぜひまた街歩きが開催された際にはご参加ください!お待ちしております🙌

 

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