詳細情報
≪ 人生 ≫
私の警備会社に、Gさんという人がおりました。
最初から私の会社で働いてくれた人でした。Gさん
の弟さんは頭部の病気で何回か頭部の手術をし、
お金がかかり生活保護を受けていた時期もありました。
1昨年には弟さんが亡くなり、翌年の暮れには父親が
亡くなりました。2度続けてのお葬式でした。お金が
なく質素に葬儀を行いました。その翌年に、本人が
出勤してこないので何度も電話をしても出ず、生存確認
の救急要請をしたところ、警察より「亡くなっていました」
の連絡を受けました。司法解剖し以前より持病があり、
それが原因との事でした。59歳の人生でした。人生とは
明日は分からないというのがこのことです。1人で住ん
でおりましたので孤独死でした。4日間発見されずの
孤独死でした。
私達も、明日どのようになるかは解りません。、
私たちの年齢になると、何時なにがあるか分かりません。
病気になるか、何時命を落す場合があるか。
その時に備え、「覚悟の心」を作って於かねばならない
なと思います。
Gさんのご冥福を心よりお祈りいたします。
ありがとうございました。<合掌>
☆ ☆ ☆ 【ナツロウバイ】
・中国の浙江省を原産地とする落葉低木で、中国名を「シャラメイ」という。絶滅危惧種に指定されているが、知人から頂いた切り花を挿木で育てました。
・年末年始に開花するロウバイに対し、5~6月に咲くことからナツロウバイと命名された。同時期に開花するアメリカロウバイ(クロバナロウバイ)に性質が近い。
・花はロウバイよりかなり大きく、直径8センチ程度になるが、香りはほとんどない。枝先に一輪のみ開花するためロウバイよりはナツツバキなどに近く、全体に「わび」があることから、初夏の茶花として使われることもある。
・オオヤマレンゲ同様に和の雰囲気を感じる草木です。
武士の縁起を担ぐ「とんぼ」
前田利家が縁起のいいトンボの前立ての兜!!
前田利家 「槍の又左」から加賀百万石の大名にまで出世した勇将の生涯!!
利家は「金があれば他人のことは気にならず世間の評判も怖くないが、金がなくなると世間というのは恐ろしいものだ」と度々語っていたそうです。
また「親しかった人も落ちぶれると離れていってしまうが、そういう時にも以前と変わらず親しくしてくれる人こそ大事にすべきだ」とも語っています。
この事件の影響から、利家はお金の出入りには大変に気を使うようになり、そろばんを用いて自ら前田家の経理を行っていました。
なお、当時はそろばんが日本で使われ始めた時期にあたり、利家は最新の計算器具を使いこなせるほど器用だったことになります。
関東地方を支配する北条氏の討伐が行われます。
利家はこの時、北陸の諸大名を率いて関東に攻め込みます。
利家の指揮下には、上杉景勝や真田昌幸らの高名な武将たちが加わっていました。
やがて危篤におちいると、妻のまつが経文を記した帷子(かたびら)を縫い、利家に着させようとします。
「あなたは若い頃から多くの戦いに出て、多くの人を殺めてきたから、後生が恐ろしい。ですからこの経帷子をお召しになってください」と利家に言います。
しかし利家は、「これまでに多くの敵を殺してきたが、理由なく人を殺したり苦しめたことはないから、地獄に落ちるはずがない。もしも地獄に行ったら閻魔を相手にひと戦してくれよう」と答えました。
死に瀕してもなお、気迫が衰えていなかったことがうかがいしれます。
利家の豪気な性格と、軍人としての倫理観を知ることができる逸話です。
関ヶ原の戦いでも徳川方の東軍に属し、北陸方面で西軍に味方した丹羽長重と戦っています。
この結果、戦後にはさらに領地を加増され、前田家は100万石の領地を持つに至り、いわゆる「加賀百万石」の領国が形成されます。
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【剣道をすることによって!!】
【剣道の理念】
剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である
・剣道修錬の心構え
剣道を正しく真剣に学び
心身を錬磨して旺盛なる気力を養い
剣道の特性を通じて礼節を尊び
信義を重んじ誠を尽して
常に自己の修養に努め以って国家社会を愛して
広く人類の平和繁栄に寄与せんとするものである