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「托鉢」釋一无  (現在、一无師は各地で托鉢行をされています。)

 

 

托鉢

 

私は浄土真宗木辺派の僧侶です。

私が所属致します木辺派は、浄土真宗の開祖であります親鸞聖人と、何らかの縁を持っております10寺院で連合会を設立し、浄土真宗の布教に努めております。

真宗10派には、10団体が所属しておりますが、東西の本願寺が余りにも有名かつ巨大ですので、木辺派と申しましても、ご存知ない方が大半かと思います。

浄土真宗木辺派の本山は錦織寺(きんしょくじ)と言い、山号を遍照山と言い院号を天神御法院と号し、本尊は阿弥陀如来で、滋賀県野洲市木部にあります。

錦織寺の創建は、平安時代初期の天安2年(858年)に、天台宗の慈覚大師円仁により、最澄が比叡山を開く際に霊木で作成した鞍馬寺の毘沙門天像と同木同作の像を、天安堂(毘沙門堂)を建立して祀ったことによります。

嘉禎元年(1235年)、浄土真宗の開祖である親鸞聖人が関東からの帰洛の途中、美濃国の正蓮寺で毘沙門天の霊告を受けて当寺に立ち寄り、常陸国滞在中に霞ヶ浦にて感得した一尺八寸の阿弥陀如来坐像をこの地に安置したとされています。

親鸞聖人が著述中であった『教行信証』全六巻の内、最後の二巻となる「真仏土巻」と「化身土巻」を当寺において作成し、教行信証を完成させました。

その記念として真正面向きの肖像画である「満足の御影」を描いたとされています。

こうしたことから当寺は、親鸞聖人の足跡を残す唯一の本山寺院とされています。

 

私はこの場にて托鉢行を行っています。

托鉢行とは、僧侶が在家の方々が布施又は喜捨をしたい人が現れれば、ただそれを受け取る修行です。

一見すると、街頭募金のように思われる方もいらっしゃるかと思いますが、そうではありません。

托鉢行は街頭等に立ち、道行く人に布施や喜捨を決してお願いすることもなければ、戸別訪問で玄関を開けることもありませんし、布施や喜捨をした人に頭を下げたりお礼を言いません。

托鉢は、お布施をする人も、そのお布施を受ける僧侶も、お互いが施し合う修行で、お布施をする人にとっては、自分の財産・金品・持ち物、所謂、浄財を手放し、執着を断つ修行なのです。

お布施のことを喜捨するとも言い、文字通り見返りを求めずに、喜んで捨てる修行であり、この行為が功徳を積むことになります。

僧侶の側にとっては布教の実践の場で、このことを我々僧侶がきちんと自覚していなければ、托鉢が単なる募金活動になってしまいます。

お経や偈文を唱え、修行道場に身を置くが如き姿や立ち居振る舞いが、そのまま法施となり、延いては布教の実践の場となるのです。

托鉢は、衣食住に対する執着を捨て、生きることを他人に委ねる大切な修行です。

お釈迦様の時代は午前中に托鉢に出て、生きて行くに必要な分だけを頂き、蓄えることは一切ありませんでした。

現代の托鉢は、お釈迦様の時代のそれとは違い、日々の生活が懸かった托鉢ではなく、募金活動やパフォーマンスのように映ったり、真似事といわれるかも知れませんが、お釈迦様が行じられた托鉢という行を、我が身で体現することが大切なのです。

合掌 南無阿弥陀仏

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