写真
史跡
本佐倉城跡
本佐倉城は下総守護千葉氏が文明年間(1469~1486)に築城し、天正十八年(1590)に豊臣秀吉に滅ぼされるまで関東有数の大名千葉氏の居城でした。
千葉氏は享徳三年(1454)に始まる関東の戦乱によって千葉(現千葉市中央区)の城を捨て、新たな城を印旛沼に面した交通の拠点である「佐倉(現酒々井町本佐倉)」に移しました。
16世紀前半には城下町も整い、本佐倉城は下総の政治・経済・軍事・文化の中心として繁栄します。
天正十八年(1590)年、豊臣秀吉が小田原を攻めると、北条氏の支配下に入っていた千葉氏も共に滅亡、本佐倉城は徳川家康の支配となりました。
現在でも本佐倉城跡は大規模な空堀・土塁・櫓台に守られた郭群などが明瞭に残っており、戦国時代の息吹が感じられます。
平成10年9月には重要な文化財として国指定史跡となり、その保存整備が進められています。
酒々井町教育委員会 生涯学習課 「酒々井町の街道と道しるべ」より引用
酒の井の碑
「酒の井」伝説
『碑むかし、印旛沼の近くの村に年老いた父親と孝行息子が住んでおった。父親はたいそう酒好きでな、親思いの息子は毎日一生懸命働いて父親に酒を買っていたんじゃ。ところがある日、どうしても酒を買う金がつくれずに、とぼとぼと歩いて家に帰ろうとしていた。その時、道端の井戸から何とも良い香りが「ぷうん」としてきた。井戸の水をくんでなめてみると、それは本物の酒だったんじゃ。さっそく帰って父親に飲ませると、「こりゃうまい酒だ。ありがたい、ありがたい」とたいそう喜んだ。息子はそれから毎日、毎日井戸から酒をくんで飲ませたんじゃ。ところがこの酒は、親子以外の人が飲むと、ただの水になってしまうんじゃな。「きっと、孝行息子の真心が天に通じたに違いない」とみんながほめたたえた。この酒の話しが広まり、村もいつか「酒々井」と呼ばれるようになったということじゃ。』
酒の井の碑
「酒の井」を記念した酒の井の碑が、円福院神宮寺の境内にあります。
酒々井町ホームページより引用