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整体みずきブログ 前方後円墳
昨日のブログで、僕の住む場所は弥生時代の遺跡群の上だろう・・と書きました。
今日のブログは、その繋がりで 最近知った知識で、面白いな!と思ったことを書いてみます。
それは、前方後円墳についてですが・・・興味ありますか?(^_^;)
興味無い人が多いかも知れませんね?
ま、僕は、詳しくは無いですが、ちょっとだけ好きなので勝手に書かせてくださいm(__)m
前方後円墳というのは ある地域の権力者のお墓である という認識の人が多いでしょうね。
僕も つい最近までそう思ってました。
ところが、先日、これとは別の推論を聞いたのですが、これが なるほど~! と思える論でした。
前方後円墳というのは、ほとんどが平地、農地にあります。ここに注目すべきだそうです。
言われてみれば、有名な仁徳天皇陵は、平地のど真ん中ですね。
僕が毎日ご挨拶に伺う神社は、小高い場所にあり、そこは元は前方後円墳だったそうで、確かに周りは以前農地です。
グーグルアースで、どこかの前方後円墳を見てみると、周りは、住居だったり農地だったりで、どこも平地にあるようです。
このことから素直に考えてみれば、前方後円墳と言うのは、荒れ地を開墾したあとの残土を一か所に集めたものだ! と推論できるそうです。
開墾するのに楽な土地もあれば、大変な困難と伴うこともあるでしょう。
そうやってみんなで開墾した残土は、ずっとそこに小高く残るわけです。努力の痕跡でもあり、ひょっとしたら神聖な場所という認識になっても変ではありませんよね。
例えば、開墾に大変な苦労を伴うようなところだったら、その時の指導者のお墓を作ろうと考えるのも自然なことかもしれません。
あるいは、後世に偉人のお墓を作ったりすることも考えられます。
つまり、権力者が権力の誇示のために強制的に作らせたのが前方後円墳ではないというわけです。
どうですか? 僕は、優れた推論だと思いました。
そうだとすると、古代の印象が随分変わってきますね。
権力誇示の場所 と みんなで努力した記念の場所・・・社会構造が随分違う印象になります。
古代の日本は、世界的にも、もの凄く豊な地域で 特に縄文時代なんて争いの痕跡が無いそうです。武器が出土しない!
以前と違って、稲作は縄文時代から始まっているというのが常識になってきているそうです。
狩猟も稲作もあって、争う必要が無く、当然、指導者は必要だけど、権力者は?
今も日本は災害が多いけれど、豊かな国ですよね。
こんなに大災害が多いのに、日本人の多くが、生まれ変わっても日本に生まれたいと言うそうです。
そう思うと、昔から仲良く暮らしてきたんだな と感動してしまいます。
ま、興味ない人も多い話題とは思いますが、僕は、改めて日本の良さを感じる推論でした\(^o^)/
福岡市博多区 ギックリ腰(腰痛)専門 出張整体みずき
