~My Story☆指導への思い~
ここでは、私がこれまで歩んできた道と
ピアノ指導者としての思いを
つづらせていただきます。
ぜひ最後までお読みください。
私は神奈川県川崎市で生まれ、
歳の近い兄と弟にはさまれて
のびのびと育ちました。
両親が会社の合唱部で結ばれた
という歌好きだったので、
家の中は歌声であふれ、
幼少の時から兄弟3人、
電車で大きな合唱団に通っていました。
ピアノは小1から習いましたが、
こちらも大好きで、
母に練習を催促された記憶はありません。
学校では始業式で教科書をもらってくると、
家に帰るなりランドセルから
音楽の教科書を取り出して、
初めから終わりまで弾き語りするのが
儀式でした。
小学校3、4年の担任の先生が歌好きで、
朝の会と帰りの会で〈今月の歌〉を
クラスで歌わせてくださいました。
その曲目選びと、ピアノの伴奏と、
歌の指導を私に任せてくださったので
とても自信が付きました。
今思えばこのころから教えることが
好きだったのだなぁ!と思います。
学校の科目では体育と音楽が得意で、
中学では陸上部、高校では合唱部に入り、
かなり燃えました(笑)
ピアノの先生は転居などで何人か
変わりましたが、
どの先生も優しい先生で、
レッスンに行けば
先生の笑顔に出会えるので
レッスンは毎週楽しみでした。
でも優しいということは
良いことばかりではない、と
のちに音大に入ってから
知ることになります。
さて、音楽が心底好きな私は
武蔵野音楽大学ピアノ科に入学し、
その後大学院に進みました。
すばらしい先生方と友人に恵まれ、
本当によく練習した6年間でした。
大学院ではピアノの試験ともなると
30-40分のプログラムを
組まなければなりません。
本当に優秀な友だちの
すばらしい演奏を目の当たりにして
どんなに努力しても
越えられない壁を感じ、
それは高2までの甘いレッスンが
原因だと思わざるを得ませんでした。
というのは、私が小6から高2まで
習った先生は
弾いてくださったことがなく、
音とリズムが正しく
強弱がついていればマルをくれる
優しい先生だったからです(汗;)
その苦い経験を通して
指導者の重要性に気づきました。
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さて、私は結婚して住んだここ
埼玉県入間市で
やがてピアノ教室を開き、
今に至っています。
私のレッスンでは
2台のグランドピアノのある環境で、
弾いて示すことを大切に
レッスンしています。
幼少の生徒さんにも
良い音を聞き分けられるよい耳を育て、
きれいな音でピアノを奏でるための
弾き方を教えています。
無駄な力を除くと、
指も驚くほどスルスル動きます。
音大に進むことになっても
何も困ることがないように
丁寧に指導しています。
もちろん音大に進む生徒さんは
わずかです!
ピアノを楽しみとして習う方にも
きれいな音色で弾いてこそ
ピアノのよさが出ることを
知っていただきたいです。
ピアノが得意になって
音楽好きな心が育ち、
生涯にわたってその気持ちが続いたら
すばらしいと思いませんか?
ここで学ぶ生徒のみなさんが
音楽と共に豊かな人生を
歩めますように願いながら、
生徒さんひとりひとりと向き合い、
心をこめてレッスンしています。
また、私自身もピアノの他、
コーラス、オルガン、オカリナも
楽しむ大の音楽好きです!
この音楽好きの源はやはり
私が育った環境にあったと
両親に感謝しています。
私も生徒のみなさんに
明るく楽しい場を作り、
ひとりでも多くの生徒さんに
笑顔を持ち帰ってほしいと
願っています。
生徒さんの笑顔から元気をいただいて、
音楽とともに過ごせる日々に
感謝しています。
これからもピアノの指導を通して
たくさんの方と
音楽の輪でつながっていけたら
うれしいです。

🌸最後までお読みいただき
ありがとうございました🌸





