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2024/03/05 00:35

鱗kokera賞 受賞作 公開します

※ ご本人の許可を得た作品のみ、こちらに公開させていただきます。

※ 賞ごとに五十音順となります。

【 鱗kokera賞 】

徂春の匙   内野 義悠

 

揺り起こす肩のうすさへしやぼん玉

 

野遊のはじき合ひたる声と声

 

流氷来からつぽの胃の輪郭へ

 

腹鳴るを聞こえぬふりの遅日かな

 

ケチャップの文字を徂春の匙くづす

 

薫風や色の褪せゆく地図へピン

 

皺ぐせのペソやルピーや熱帯夜

 

秋暑しねむたく匂ふコパトーン

 

甲板に展くからだや天高し

 

豺獣を祭る火口のひとめぐり

 

義歯二つ並ぶ北窓塞ぎけり

 

はつゆきのひらと造花を信じきる

 

告げたきを告げず蜜柑のやはきすぢ

 

雪もよひ火窪に夜の溜まりきし

 

白く息浜の弓なり歩みつつ

 

水没   牧野 冴

 

ファとシの無い木琴叩く春の風邪

 

ヒヤシンス抑揚のない読み聞かせ

 

しゃぼん玉わらわら機械の体欲し

 

クリップごと食わせる初夏のシュレッダー

 

煎餅のじゃこと目が合う晶子の忌

 

赤文字の順路に沿って日射病

 

夏の月病棟のコンビニに靴

 

副業の誘い断り南瓜割る

 

前科二犯コスモスを揺らさず歩く

 

魔女に火を借りるナースやハロウィーン

 

メイドみな箒星指す冬館

 

着膨れて東京弁の練習す

 

町に生まれ町に死ぬ子や石蕗の花

 

十二月八日異国の神に嘴

 

花にリボンここは水没するという

 

【村上鞆彦賞】

 

梨に噎せ   関 灯之介

 

梨を剥く微熱の家の光かな

 

白昼の梨の裸をかなしめり

 

誰も籠の二十世紀に言ひ及ばず

 

洋梨に磁場や水流ねぢれつつ

 

皮うすく隔てて指と梨の肉

 

梨を食ふほかの響きを失ひぬ

 

梨を食ふ音に因果のすこしずれ

 

贋作のアトリエ二十世紀傷む

 

起きぬけに梨でつぷりとありて癪

 

昼の鬱夜より激しラ・フランス

 

梨齧る大きな窓は飛び降りよ

 

噛み痕の翳れる梨も希死念慮

 

梨に噎せわれはアダムになりそこなふ

 

思へば梨のざらつく記憶ばかりなり

 

おそろしく凪ぐテーブルに梨の擬死

 

【西村麒麟賞】

西瓜    田中 木江

 

店できてゐるといはれてみれば春

 

人さがすごとくに蝶や我を避け

 

妙案を飛花の高みにさがしをり

 

刃に運ぶキッシュ一切れ鳥の恋

 

薔薇の名の薔薇に隠れてゐたりけり

 

脚に葉のくつついてくる雨蛙

 

缶ビール置いて大きなアンコール

 

三人を涼しくひろふ車かな

 

西瓜食むこの夏あまり寺社行かず

 

部屋で焼く肉や台風どこだらう

 

文化祭壁の高きへ星戻し

 

声あらば長き夜はその周波数

 

相づちを要所要所や蜜柑剥く

 

枯蟷螂影をこすると消えさうな

 

日記買ふ降ると思しき雪はまだ

 

【鴇田智哉賞】

茶碗に銭   加藤 右馬

 

草餅を千切ればゆつくりと縮む

 

苗札にクリップの錆残りたる

 

麗らかに裂くるや魚肉ソーセージ

 

五月雨や二つの判子注射痕

 

立葵茶碗に銭の少しある

 

ブラインドタッチで雲の峰育つ

 

風死して利根川に白球の消ゆ

 

中華屋を出て見憶えのなき木槿

 

パトライトが無月の団地撫で回す

 

回転扉ばふりばふりと暮の秋

 

伸びてきしトングに炭を渡しけり

 

俎に直線の浮く十二月

 

クリスマスツリー消毒液匂ふ

 

会心の笑みで臘梅手折る人

 

鬼やらひ二穴に目の動きゐる

 

 

【奨励賞】

 

◆知らない駅    岡 一夏

 

拭き上げてホワイトボードから立夏

 

右上に住む筍をくれる人

 

太陽が墜ちたらすごい日焼する

 

かき氷じゆんじゆん鳴るよ突つつけば

 

また何も叫ばぬ夏が終はるのです

 

どこでもドアただし花野のどこへでも

 

恐縮のコーンお粥の真ん中に

 

公園にいろいろな碑や時雨傘

 

蟷螂は枯れるコーラは歯を溶かす

 

君のマフラー僕を何周でもできる

 

鏡餅ことしは太れますやうに

 

天井が白い成人式だつた

 

でも君の手皿は綺麗わらび餅

 

うららかで結局みんな団子買ふ

 

知らない列車知らない駅の桜かな

 

亀の視界   笠原 小百合

 

鶏頭やキャバレーありしビルヂング

 

秋の日のうさぎの眠るやうな石

 

偽りの血の赤赤とハロウィーン

 

一枚の木の葉舞ひ降り穴だらけ

 

風邪の日の亀の視界となりにけり

 

砂つぶのおほきく見えて冬の水

 

日記買ひたるデパートの中二階

 

冴ゆる夜の手摺に指紋残したり

 

大袈裟に笑ふ青年チューリップ

 

新宿が雲となりたる春霞

 

春昼を占め老猫の咀嚼音

 

風船はやさしき息に膨らまず

 

夏木立歌へば歌ふほど孤独

 

神さまの心臓掴む暑さかな

 

叱られて仙人掌の花ひらきたり

 

風の形   髙田 礁湖

 

梅香る神主を待つ地鎮祭

 

円えがくカップの茶渋大試験

 

幕末の刀傷見て花見して

 

熱弁やパスタの浅蜊剥きながら 

 

鯉のぼり風の形に遊びたる

 

兄が投げ弟が追ふ浮輪かな

 

夏海に引力のありペダル漕ぐ

 

文化祭絵の具だらけの手を振つて

 

思春期のデラウェアむしり食べざりき

 

息かかるひそひそ話秋の繭 

 

桔梗や蜜を吸ふ蜂かくまひて

 

包まれしものから眠る冬構

 

病院のコンビニやさし湯気立てて

 

カーテンを天使に仕立て聖夜劇

 

一礼に緞帳おりる春隣

 

鈴の音   寺澤 佐和子

 

退院の父の連れたる雪螢

 

靴に入る小石を連れて冬の園

 

喉仏細りをとこの湯ざめかな

 

牛乳の膜に翳ある霜夜かな

 

冬帽をていねいに置き医師の前

 

白菜のよく煮えけふの疲れかな

 

極月や父漆黒のもの吐いて

 

病む口へちひさき氷クリスマス

 

水欲るといふ白息の淡きこと

 

底冷えを踏み自転車の蹠かな

 

着ぶくれや今更に手を握るなど

 

薄墨の眼の追はぬ冬ともし

 

燭の火のときに太れる冬座敷

 

鈴の音を立てて小春の壺へ骨

 

受け継ぎしものに家土地冬日向

 

◆ 野外劇   林 真理

 

囀や吊りスカートの背のばつてん

 

春野の座バーガー冷めてずれてをり

 

夏星に口上澄めり野外劇

 

アイスクリン匙の袋は兄が裂き

 

シチリアのマンマの腕あつぱつぱ

 

噴水や石の小僧の頭を穿ち

 

水中花浮かせて沈む重り玉

 

朝寒やステンレス打つ水の音

 

無花果に頭のすれすれや測量士

 

ヒール鳴る釣瓶落としの保育園

 

亡き母のもう寝なさいよ鉦叩

 

園丁の男佳きかな柿落葉

 

凭れ合ふロシア人形日短

 

冬の夜や鸚哥の籠に布掛けて

 

献呈の頁明るき花八手

 

花園へ   福嶋 すず菜

 

金平糖くぼみ涼しき手のひらへ

 

補聴器の勾玉めくや麦の秋

 

スリッパを干したる初夏の英語塾

 

蝕のとき夏帽いつせいに傾ぐ

 

劇団のロミオ老いたりアマリリス

 

心臓に緋牡丹のくる浴衣かな

 

墓守の裔となりたる夏の蝶

 

竹垣は男結びや晩夏光

 

新涼や水にふくらむひよこ豆

 

白桃にためらひ傷をつけるごと

 

野葡萄に触れて濡れたる右の耳朶

 

秋夕焼端のちぎれし経絡図

 

花園へ加速してゆく乳母車

 

茹で蟹の手足をたたむ夜業かな

 

鉄棒の鉄の匂ふ手冬隣