境内案内
文明17年(1485)に創立。
本尊は大日如来で、前立、文殊菩薩はその年京都の仏師・和田浄慶により造られた、玉林寺寺宝である。鐘楼は結構堅緻宏状式で、明治7年真光寺にあったものを鐘と共に購入したものである。買取価格は当時で鐘は70円、鐘楼は20円であった。この真光寺神仏混在であったため、新政府はこれを禁止し、廃寺とした。玉林寺もしかり、明治維新の際に廃寺の命を受けたが、明治3年地蔵院を合併し、廃寺をまぬがれた。鐘の名は前永平寺住持密厳寂妙の撰、寛保2年相川鋳銭所にて鋳造された。費用は29両、しかし鐘は第二次世界大戦に供出し今は無い。新梵鐘は当山開創500年、弘法大師1150年遠忌を記念して昭和61年6月に京都岩沢宗徹師が鋳造。
鐘楼堂を文化財にして、仏果を高めようと願掛けした。宗祖、弘法大師はこう言った「生々に如来の梵響を吐き、世々に衆生の苦声を脱せん」蓋し、梵鐘の響く所、衆生の昏迷の夢を破り、以って覚悟の彼岸に至らしむものなり。」
昭和60年 第二次世界大戦に供出した鐘楼堂の鐘を新鋳。
昭和末期、本堂横にあった佐渡寺院唯一の能舞台、老朽化のため撤去
平成15年春 本堂改修