血尿発症後 3年以内に扁摘パルスをしないと寛解しない?

 

蛋白尿の多いIgA腎症の場合は早期の対応が必要です。

このページでは、血尿が主体で、蛋白尿が少量の場合でも、早期にリスクのある検査や治療をうけなければならないのか、という問題を扱っています

  

血尿発症後に3年を超えると扁摘パルスをしても寛解しない症例が増えるという仮説が流布され、IgA腎症はほとんどすべてが将来腎機能が悪化していくという誤った仮説 詳細は「蛋白尿の少ないIgA腎症 その後 何割が悪化するか?」 をご覧ください。➡️)とともに、血尿単独の検尿異常でも早期に腎生検を行いIgA腎症であれば蛋白尿の有無にかかわらず扁摘パルスをする、というアプローチがとられたこともあったようです。

血尿発症後、3年を超えると扁摘パルスをしても寛解しない症例が増えるという仮説は、2012年の下記論文のデータを基としたものと思いますが、この論文の結果からは「蛋白尿の有無に関わらず、早期に扁摘パルスをしないと寛解しない症例が増える」という仮説が正しいとは言えない、ことを解説いたします。 

 

なお、3年以内に早期に扁摘パルスをすれば、IgA腎症全例が寛解する、すっかり直ってしまう、といった誤解もあるようですが、
この論文でも3年以内早期扁摘パルスの寛解率は87%です。全例で尿所見が寛解するわけではありません。
とはいえ、尿所見が寛解にいたらなくても、尿蛋白が減った状態が維持できれば、腎機能が低下するリスクは極めて低いことが知られています。
   〜Time average proteinuria と 腎予後 ➡️ をご覧ください。

一方、尿蛋白が少ない状況では 血尿の消失の有無は腎機能の予後に影響しないこともすでに明らかとされています。
なので蛋白尿がすくなければ、血尿の有無に一喜一憂する必要はないと思います。
   〜IgA腎症における血尿と予後 ➡️ をご覧ください。

 

 

Clin Exp Nephrol (2012) 16:122–129  Significance of the duration of nephropathy for achieving clinical remission in patients with IgA nephropathy treated by tonsillectomy and steroid pulse therapy    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21912900 

 日本腎臓学会会員の方は https://www.jsn.or.jp/journal/cen/e-journal.php でログインにより全文が読めます。

 

439例の検尿異常を指摘されてから扁摘パルス治療を受ける期間(duration) が明らかな症例の寛解率が報告されています。

 
     Duration        寛解率          症例数  寛解  非寛解
   3年以内       87%        338       295         43
   3年〜7年以内   73%         86         63          23
   7年以上               42%         71         30          41

 

であり、durationが3年を超えると治療による寛解率が低下する結果となっていますが、「早期に扁摘パルスをしないがために寛解しない症例が増えている」、とは必ずしも言えません。

なぜなら、IgA腎症には自然寛解があるからです。

   〜 蛋白尿の少ないIgA腎症 その後 何割が悪化するか?  ご参照ください。

IgA腎症はすくなくとも3割程度が自然寛解します。
したがって3年以前に扁摘パルスを受けた症例は自然寛解する症例も治療しているので、自然寛解しなかった症例を治療をしていているその後の治療群より寛解率が高く算出されることになります。

 

とはいえ、3年以内に3割の自然寛解が起きたという仮定をしても、3年以内の非寛解率は18%、82%の寛解率と算出されるので、
3年以内に扁摘パルスを受けた群は、3年以降扁摘パルスを受けた群より、寛解率は高いことになります。

 

この残った差は、腎障害が進行した症例では寛解率が低下する、という従来より知られている事実で説明されると考えます。

IgA腎症では発症当初から蛋白尿の多い症例も珍しくなく、尿蛋白が持続した場合は3年で組織障害が進行し腎機能が悪化してしまうこともあります。

3年以降の治療では、そのような組織障害を伴い腎機能の悪化した症例が増えるので、寛解率が低下することになります。

事実、Table 1 において、Duration が長く、寛解率の低下した群では eGFR平均値が低いことが記載されています。 


一方、Table 2 の単変量解析では、 eGFR と Duration ともに有意ですが、多変量解析ではDurationが有意となりましたが、eGFRの低下は有意な要素ではなくなっています。

この結果は、「器質的な障害が起きているIgA腎症は寛解しにくい」という病理学的なアプローチで知られている科学的に理解し易い仮説を否定し、一方、「器質的な障害の有無は寛解率に影響せず、血尿の発症から時が経ってしまうと寛解しにくくなる」、という科学的には理解・説明が困難な仮説を肯定する 極めて奇妙な結果となっています。

これは、eGFRを10 mL/min/1.73 m2 ずつの連続変数として扱う、という多変量解析の変数の取り方が不適切であったため、と考えます。

器質的な腎障害が少なく腎機能の低下のないIgA腎症の場合、eGFRは60~120程度に幅広く分布しており(イヌリン・クリアランスとの乖離も著しいものがあります)、これらを10 mL/minの連続変数として扱えば、CKD stage 3 以上の器質的な腎障害のあるIgA腎症での寛解率の低下の影響が減弱されてしまいます。
eGFR 60 以上・以下、など、器質的な腎障害の有無の影響が反映されやすい変数を選択すれば、  CKDstage (eGFR) の影響による寛解率の低下の影響が強く算出され、多変量解析におけるDurationの影響は低くなったと考えます。

 

 血尿単独で蛋白尿を認めないIgA腎症において腎障害が進行することは極めてまれであり、血尿が3年以上持続して、その後に蛋白尿が出現した場合、その段階では器質的な腎障害は起きていないと想定できます。
そのような症例において、その段階で扁摘パルスを受けた場合と、血尿の段階で扁摘パルスを受けた場合で寛解率に差があるか? という問いが重要になると思います。

蛋白尿増加後に早期に免疫介入をおこなえば、寛解率の明らかな低下は回避できる可能性が高いと考えます。仮に多少の差があったと想定しても(IgA腎症では短期的な蛋白尿の急性増悪・自然寛解により腎機能が低下する症例もあり、蛋白尿の増加が見逃される可能性もありえます)、蛋白尿の少ないIgA腎症の「一部」が蛋白尿が増加して進行性の経過をとること、腎生検・扁摘パルスにはある程度のリスクがあること、を考えると、妊娠ご希望の女性などを除き、一般的に蛋白尿の少ない段階での腎生検・扁摘パルスを強く推奨することに、懐疑的な意見が多い事情がご理解いただけると思います。