第25回 医療崩壊について1

今までは、病気の事、検査のことについてコラムを書いてきましたが、今回は現在新聞をはじめとするマスメディアを賑わしている医療崩壊について私なりの意見を述べたいと思います。今回のコラムを読んで、本当かなと思われる方も多いと思います。しかし、今医療の現場がどうなっているのかは、あまり皆さんご存知ないようです。厚生省や医師会はのんきなことを言っているし、マスコミは美談や視聴者受けするようなことしか載せません。本当のところどうなっているのか知って欲しいと思います。

今日も複数の患者さんから“最近救急車のたらいまわしが起こっていますが、私たちは大丈夫でしょうか?どうしてこんなことが起こるのですか?”と聞かれました。一つ目の質問には、決して新聞に出ていることは他人事ではなく、私のクリニックの患者さんだけでなく私自身にも起こりえることで、決してこの堺でも安心はできないとお答えしました。二つ目の質問には、皆さんは漠然と医師が少ないから、病院の先生は忙しいからと思っているでしょう。確かにその通りです、医師の絶対数は明らかに少ない、そのために連続 36 時間勤務とか労働基準法を無視した勤務状態がまかり通るのです。

私自身も勤務医時代には、 1 週間できちんと昼ごはんが取れるのは木曜日だけでした。運がよければ月曜日か金曜日 3 時頃、誰もいない食堂の隅で冷えた食事を取ることができました。当直明けは、そのまま手術や外来勤務を眠い目をこすりながらしていたのを思い出します。たぶん外科医は皆こんな経験をされていると思いますし、自分だけがつらい経験をしたとは思っていません。

ですが良く考えてください、こんなことでいいのでしょうか?患者さんにしてみれば、当直明けの能力が落ちた医師に手術をされたり、診察、検査をして欲しいと思うでしょうか?私自身は、このまま当直明けの勤務が続けば、必ず医療事故が起こると思いましたし、起こらねば私が病気をすると思いました。人の命を扱う仕事にもかかわらず勤務状況が保障されないということは、なんと危険なことかと思いませんか?同じように人の命を乗せて飛ぶ飛行機は、長距離便では機長が 2 人いて交代すると聞きます。同じように人の命を預かる病院でも医師の数、コメディカル ( 看護師さん、技師さん、薬剤師さんなど ) の数を増やし、病院での仕事を交代制で負担のないように行う仕組みを構築することが必要だと思います。政府は、国民医療費の伸びをできるだけ減らそうとしていますが、元首相の小泉さんのように財政再建、医療費削減を唱えイギリスの経済を立ち直らせたサッチャーさんは、“ゆりかごから墓場まで”といわれたイギリスの医療を崩壊させました。救急車は運ぶ病院がなく、手術をしようにもできる医師は居ず、癌の手術を受けるのに半年待ってその間に癌が転移して亡くなられたというような、今の日本の医療をもっとひどくしたような状態になりました。ここにいたって、大変であることに気づいた前首相のブレアさんが医療費の倍増を指示しましたが、時すでに遅し、一度つぶれたシステムは未だに再構築できず苦しんでいるのは有名な話です。

医療とはビジネスではなく社会保障であることを思い出して欲しいのです。病気になっても、病院にいけば何とかなる、ちゃんと治療が受けられるという安心があるから、人は一日元気で働けるのであり、生活できるのです。

お金儲けのために我々は働いているのではなく、消防士さんや警察官と同様、病院、クリニックと働く場所は違いますが、それぞれの場所で社会の安全、安心のために働きたいと考えています。医療費を削減し厳しい勤務状況での仕事を強いることは、医療に携わる者のモチベーションを下げ、ひいては現場から立ち去る医療者を増やすだけです。米軍にわけのわからない数千億円の思いやり予算をつけたり、何兆円もかけて車の走らない高速道路を作るより、本当に崩壊する前に安心できる医療体制を構築する方が大事ではないでしょうか。