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2018/12/19

ミツバチが紡いでくれたご縁。

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JAはくいの粟木さんからお声掛け頂き、一昨年からお名前を何度もお聞きしていてとてもお会いしたかった養蜂家の後藤純子さんとお仲間の皆さまと本日お会いしてお話しさせて頂くご縁を得ました(*^^*)

 

 

 

水野は羽咋に移住する前からミツバチの養蜂に大変興味がありました。

ただ、東京では養蜂は難しく、「羽咋に移住したら絶対に養蜂をやりたい!」と思っていました。

移住するかしないかの過渡期に、こちらもJAはくいの粟木さんに養蜂についてお話しをすると、後藤純子さんのお名前と純子さんが羽咋のお山で養蜂をやっていたというお話しをして下さり、移住する前の塾生時代に以前純子さんが養蜂をなさっていた眉丈山のお山を管理されているウッドランドファームの新田さんをご紹介して下さったのでした。

ちょうど2年間のその時のブログ記事です↓

https://r.goope.jp/feelwindofnoto/info/1390268

 

 

その時から純子さんとはご縁があったのですね。

 

 

 

移住してからも、「だれもしらないみつばちのものがたり」という純子さんか作られた物語の舞台のDVDもこれまた粟木さんから観せて戴き感涙の涙を流しながらミツバチの勉強をしたり、銀パチプロジェクトの高安さんが羽咋にミツバチ講習をしに来られたタイミングでミツバチの巣箱も作って眉丈山の新田さんのお山に設置をしたり、金沢大学の山田敏郞教授を農福連携の佐伯さんにご紹介して頂き山田教授の養蜂場に何度か足を運ばさせて頂き勉強したりと、養蜂の為のアクションは常にしてきました。

 

 

ですが、現在も巣箱にミツバチは入ってはいません。 ミツバチとのご縁はまだ時期ではないのでしょう。

 

 

 

 

 

ですが、アクションをしてきたお陰でミツバチの妖精のような後藤純子さんとのご縁に恵まれた今日✧*。

 

後藤さんはランチをご一緒した際に「水野さんに会いたいと粟木さんに私が言ったの。」とおっしゃって下さりました。何と光栄なことでしょう!

 

 

様々なお話しをさせて頂きましたが、純子さんの行動力と強さは何だかとても酷似していました。。そう、自分に。

似た者同士とはまさにこの事!私の30年後はこんな可愛らしいミツバチの妖精さんのようになっていたりして?(^O^☆♪

すごく深いご縁を感じた水野でした。

 

 

 

 

最後に何度もハグをしながら純子さんは「ここはね、ミツバチを救ってくれた所なんだよ。」とおっしゃいました。

わたし:「羽咋がですか?」

純子さん:「うん、そう。羽咋はね、日本にとって、世界にとって本当に特別な所なんだよ。」

わたし:「今度そのお話も詳しく聞かせてください。」

純子さん:「わかった。また来るね!」

 

 

 

という会話がありました。色々と気になり続けている水野であった。

 

やはり、羽咋には《土地としての使命》がある。前々から感じていた事を日本で1番と言って良いくらいミツバチを愛する純子さんからもお聞きして確信に至りました。

 

 

 

 

 

そして、実は純子さん御一行の中にコアなアナスタシア読者さんもいらっしゃいました!

後藤志果さん。東京でアーバンパーマカルチャーの活動をしてアーバン祖国を築く為にアクションし続けているそうで、高知に最近移住をし、自然栽培をしながら月1回程東京に出張して東京でも活動を続けているのだとか。

 

志果さんとは彼女が履いていたブーツのシンクロニシティを始め、様々なシンクロニシティがお会いしていた短い時間だけでお互い頻発していました!

「出会うべくして出会った同志だ!」と、またまた直感してしまいましたよ(*^o^*)

 

私が深いご縁のソウルメイトや同志に出会う際はこのようにあり得ない程にシンクロニシティが頻発するんですよね〜。

MOA北陸支所長の細川さんに出会った日もビックリする程のシンクロニシティのオンパレードでした。

彼も深いソウルメイトであり同志です。

 

もちろん、JAはくいの粟木さんともシンクロニシティがいっぱいありましたよ☆

 

 

このように上から「この人はあなたにとって大事な人だよー!」と必ず解る形でサインがあるのです。

 

 

 

純子さんとも深い哲学的な所や性質がシンクロしていたし、何だか最近同志に出会うペースが上がっているなぁと感じています。

 

 

 

 

 

 

さて、これからみんなでどのように地球にとって善き事をやっていきますかね?(^O^☆♪

ワクワクしますね!