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2019-03-26 07:27:00

訪問をありがとうございます。

 

昨日は一日外出をして人と会ったり金融機関廻りをしていた私です(どうでも良いけど本当に5・10日の銀行は混んでいる!)。

 

皆さまはどんな一日を過ごしましたか?

 

 

 

 

さて、今日は以前読んだ本の中から、思い出した単語について書かせていただきます。

 

『ライフシフト(リンダ・グラットン他著)』という本なのですが、人から勧められて読んだ時は『あぁ、全くもってその通りだし、私自身そういう生き方をしてきたから何も不安はないや』と記憶に残ることもなく忘れていました。

 

この本をご存じない方は、本の要約サイトなどで検索していただけたらありがたいのですが、一言で言うと『人生100年時代になるんだから、自分の人生配分を考えなきゃね』ということだと認識しています。

 

時代は江戸の10倍以上のスピードで進んでおり、様々な進化に伴い医療等延命できる条件も揃っていれば、私が20歳の時でも既にそんな時代は予測できたわけで、大半の方々は長期スパンの視点で人生構築をしているもんだと思っていました。

 

が、実際は大きく違うようでした。

 

数人の知人にこの本の話をした時、『こんな時代が本当に来るなんで思わなかった』という声が、意外に多かったのです。

 

または、『無形資産(目に見えるお金等以外の健康とか友人とかそういう資産)を確保するためにどうしたらいいかなんて、わからないよ』という声を聞きました。

 

というわけで、今日はその『無形資産』についての私の考えを書かせていただきます。

 

 

 

 

無形資産を改めて書くと、自身のスキルや健康・人間関係など、見えない部分の資産(価値)です。

  

この無形資産がフォーカスされるということは、ある意味拝金主義から脱することができるかもしれないし、言葉だけのダイバーシティではなく、本当の意味での多様性が認められる社会になるのではないかという期待を私は抱いています。

 

そして、中高年以上の方々が『ライフシフト』に沿って、これからの人生のステージを考える時は、ぜひ、地域に根差した活躍の場を選択してほしいと思います。

 

 

 

 

サイト構築にもつながりますが、現在、当区でも1世帯当たりの人口は1.9人と2人を切っています。

 

これは単独世帯が増えていることを表しているのですが、単独世帯になって困るのは大半が高齢者です。

 

そして同時に、現在は昔のように子だくさん家庭が多いわけではなく、いても一人か二人。

 

その子ども達も遠方に住んでいたりして、何かあったらすぐに駆け付けるという環境を得ることは困難だと感じています。

 

つまり、身内だけに自身の介護を頼ることは限界がきており、だからこそ、中年以上になったら将来を見据えて、元気なうちから地域で活躍し、自分が年を重ねた結果、身体が思うように利かなくなっても助けてくれる人をたくさん確保することが必要だと私は思うのです。

 

それか、自分の困難事をプロにお金を払って代行してもらうか。

 

これからは社会保障が厳しい状況になっていくことは必須なため、大半の方々に後者は非現実的であり、今後の社会は身体が利かなくなってから介護してくれる人を探しても該当者が見つかる可能性は極めて低いと思っています(理由は高齢者自体の全体増加率と介護等ボランティア担い手の減少のため)。

 

現在介護保険制度では、調理・買い物・掃除代行などは、一部の規制の上保険内対応をしていますが、これは外す方向の議論もされています(その場合、現時点で自費の掃除等家事代行は1時間2,000円以上です)。

 

 

 

 

そうなると、悩ましいのが『元気なうちに地域で居場所と言っても、どこでその場を見つけるのか?』になると私は考え、現在、助け合いや地域活動(就労含)のサイトを構築しています。

 

このサイト自体は7年前から構想していましたが、新たな価値観なため、理屈だけですぐに受け入れてもらえるとは思っていませんでした。

 

そのため、具現化のために、起業後は地域に入りコツコツと信頼を築いてきました。

 

結果、冊子を制作できるに至り、現在サイト構築に向けて動くことができています。

 

これは当区の住民の方々のおかげだと、感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

 

 

時代の過渡期だからこそ、様々なことを様々な人が言うと思いますが、私は個人という視点でとらえた時に共通するニーズは『安心して毎日を暮らしたい』であり、そのために必要なものは地域力だと考えています。

 

『いかに自分の生活圏内で自分に合った居場所を見つけて、その中で自分が活躍できるか?』

 

そのためのプラットフォームづくりは、絶対に必要となると確信しています。

 

これを、いかに使いやすい形で滑らかに浸透していくか、そして、一事業(ソーシャルビジネス)として確立することで、責任ある事業として確立するかが、私の社会に対するミッションだと、勝手に自負しています。

 

皆さんのミッションはなんですか?


2019-03-25 07:44:00

訪問をありがとうございます。

 

昨日は、冊子サイト化の作業をお昼過ぎまで行い、その後、昼寝(?!)をしてから家族だんらんをしました。

 

いやぁ、相変わらずのマイペースっぷりですが、それを許容してくれる家族に感謝感謝です。

 

今週は色々諸々頑張って行動します☆

 

 

 

 

というわけで、ありがたい我が家の放任・寛容さに感謝しつつ、今日は、先週の20日に国連が『世界幸福度ランキング』を出しました。

 

普段から『〇〇ランキング』や『△△する〇つの方法』の類には興味がないのですが、幸福感を扱っているということで記事を読みました。

 

これは、「1人あたりのGDP」、「健康寿命」、「社会的支援の充実」、「人生を選択する自由度」、「社会の腐敗度」、「寛容さ(性の平等性など)」の6項目から分析されています(この指標はどうかと思う)。

 

結論から言うと、昨年から比べ、日本は54位→58位と下がったようですね。

 

この内訳が、個人的に非常に興味深いものでした。

 

 

 

 

GDPについては24位、健康寿命は2位だったのです。

 

一方で、自由度は64位、寛容さは92位だったという結果が、全体の順位を下げているということがわかります。

 

これを読んだ方々で「わかるー」と思われた方はちょっと危険だと思っています。

 

何が危険かというと、「(きちんと自分の目で世の中を観察してジャッジするのではなく)自分の中で先入観が確立してしまっている危険性がある」ということと、自分の周囲にいる方々を省みての「わかるー」であれば、類友と言うように、環境は放っておけば自分に似ている人が集まる傾向があるというように、もしかしたら・・・なんて考えてしまいました。

 

今回の記事を書いている通信を複数読んだのですが、いずれも「日本人の幸福度は下がっている」とか「寛容さ・自由さが不足しており危険」みたいな内容に終始しています。

 

これも一種の洗脳だよなぁ~、と思いながら読んだのですが、果たして本当に日本は不自由で非寛容なのでしょうか?

 

 

 

 

私は今の日本は極めて自由だと感じています。

 

職業・結婚・生活、言論、行動、どれをとっても自由です。

 

国が色々管理しているとはいえ、日常生活に危機感を抱くようなことはほぼないと感じています。

 

しかし、結果としては「不自由を感じている国」になっている。

 

これは私の勝手な予測ですが、自由とのセットにあるのは責任ですが、この責任を負う覚悟の無い人にとっては「皆に足並みを揃えなきゃならないから不自由と感じている」のではないかと思いました。

 

あるいは、自由というものは一見聞こえは良いのですが、自分の頭で考えて行動するということです。

 

それが苦手な人にとっては、考え抜くことを放棄し世間一般の「あるべき論」に則って生活をしているため、不自由さを感じているのかもしれません。

 

いずれにしても、日本人の不自由と感じている基準は他国とはちょっと違うのではないかと感じていると同時に、「本当の不自由ではなく、自分の中で勝手につくった不自由」なのではないかな?と思ったわけです。

 

 

 

 

寛容さに関してはこれに付随すると感じているのですが、過剰に安全を確保したがる方々が、必要以上にルールや規制を設けているだけだと感じています(この辺りは長くなるので割愛します)。

 

何が言いたいのかというと、今回「幸福度ランキング」をみましたが、これはアテにはならんということです(私見です)。

 

そして、こういうランキングから透けてみえた課題の方がよほど重要だと感じました。

 

また、個人的にはアテにならんと思っていても、対外的には日本のイメージとして作られるわけで、それはそれで大変悩ましいと感じています。

 

 

 

 

単純ですが、「社会を住みやすくしたい」と思うなら、そう思った人たちが主体的に行動を起こすしかないのです。

 

「もっと自由で寛容な国になってほしいよねー」と思うのであれば、まずは自分自身がそのような行動を起こすしかないのです。

 

自分は変わらずに他力本願な姿勢が、もしかしたら一番の日本の課題なのかもしれないと、記事を読んで感じた私でした。


2019-03-24 08:20:00

訪問をありがとうございます。

 

昨日は子ども達と一緒に過ごしましたが、今日は夫もいるため、のんびりゆっくりと過ごしたいところ。

 

ですが、助け合い冊子をサイトにあげるための作業があるため、今日は一日喫茶店巡りをしながらパソコン作業を行う予定です。

 

トホホ☆

 

 

 

 

さて、このサイトについてですが、本当は昨年から取り組みを開始していました。

 

が、今年に入ってから、地域の方と一緒に一から構想を練り直すよう大きく変更し、現在に至ります。

 

皆さんご存知かわかりませんが、現在、WEB制作というのは引く手あまたであり、ものすごい料金がかかります。

 

それを“地域ボランティア価格”で受け入れてくれたIさんに、感謝感謝です。

 

 

 

 

というわけで、安価で受けてもらう代わりに単純作業は私もお手伝いをさせていただいています。

 

今回は今年度中に行う冊子の内容をWEBにあげる作業です。

 

先月の段階で、冊子の各ページから連絡先を削除した作業を行ったのですが、今回はそれをWEBページにあげるための作業です。

 

今まで行ったことのないことばかりですが、だからこそ楽しく、本当の意味で『作業』なためサクサクと進めることができています。

 

今日のノルマは160の記事ページをアップの為に挿入すること☆

 

楽しみながら頑張ります~♪


2019-03-23 21:52:00

訪問をありがとうございます。

 

今朝は寝坊をしてしまい、その後子ども達と出かけていたため遅い更新です。

 

そんな緩い生活を送っています☆

 

 

 

 

さて、昨日は夕方から白河地域の事例検討会に参加をさせていただき、その後18時から新たにつくるサイト『テトテ』の打ち合わせを行っていました。

 

これは、地域限定の助け合い活動推進サイトです。

 

サイトについては、地域のWEB制作会社さんにボランティアをされている方がおり、その方(Iさん)に依頼することになりました。

 

安価で、しかも、支払いは収入次第という何とも不明瞭な私の賭けに付き合うよと言ってくださったこの方には感謝の気持ちでいっぱいです。

 

その日はIさん宅で打ち合わせ後、家のみをさせていただき、とても楽しい時間を過ごさせていただきました(6時間も)!

 

Iさん、ありがとうございます(そしてごちそうさまでした)。

 

 

 

 

その飲み会の中で出た話ですが、今後の社会は人生100年と言われているけど、加藤はどうやってそれを実現しながらし地域を過ごしやすいまちにしていきたいの?という質問を受けました。

 

私は、以前も書かせていただきましたが、個人の活躍については、国が雇用の仕組みを変えるだけで解決すると考えています。

 

そして、助け合いの仕組みは、地域で“助け合いをすること”を流行らせるだけで良いと考えています。

 

今日はこの辺りを書かせていただきます。

 

 

 

 

まずは、雇用の件から書かせていただきますね。

 

先月、財務省のパブコメにも書かせていただきましたが、個人がいつまでも活躍し国のGDPを向上しようとした時、そのカギになるのは高齢者世代だと感じています。

 

そこで、頑張った人が損をしない仕組みを考える必要があります。

 

そのために、年金は(平均寿命を85歳として)75歳を1.0として、1年単位で0.9とか1.2とか支給率をつくります。

 

そうすれば、『まだ働けるけど年金をもらった方が得だから仕事を辞めよう』という発想はなくなり、働きたい人は損を感じることなく働くことがでいます。

 

 

 

 

そして、2つ目の国の制度変革として、70歳(65歳?)以上の方には最低労働賃金の撤廃と地域での雇用促進を提案しています。

 

これは賛否両論ありますが、企業・雇用者共にとってWINな施策だと私は確信しています。

 

なぜなら、高齢者が若者と一緒の動きで仕事をする事は(体力的に)困難だけど、まだ自分のできる範囲で就労したいという方は多いこと、就労というものが単にお金の話だけでなく、むしろ生きがいというか健康維持になっている側面を持っているからです。

 

また、地域限定としたのは、自治体ごとに受け入れ企業の状況から条例で最低労働賃金を定めることを提案したいのです。

 

最低労働賃金とは、労働者の雇用を確保するものです。

 

それを“高齢だから”という理由でないがしろにするのではなく、かといって企業に無理な支払いを迫らない為にも、年に1回、高齢者を受け入れる企業と行政が高齢者の賃金について話し合い条例で“高齢者専用の最低労働賃金”を話し合うというものです(地域でというのは地域の企業ごとに収益率を勘案して最低労働賃金を決めることが妥当だと感じているからです)。

 

これを行うことで、不当な賃金体制になることを防ぎ、かつ、地域の企業も無理なく高齢者を進んで雇用することができます。

 

また、高齢者からしても過剰に仕事に対して「現役世代と同じくらい結果を出さなきゃ」と負荷を背負うことはなく、現役世代も「同じ給与をもらっているんだから、もっとしっかり働けよ」と、ジレンマを感じることはなくなります。

 

そもそもの雇用体系が違うのですから。

 

こんなことが実現できたら、みんながハッピーな就労を実現できるというのが、私の考えです☆

 

 

 

 

厚生労働省に確認しても、ハローワークに確認しても、ニッセイ研究所に確認しても、現在の高齢者に対しての雇用は現役世代と同じ条件と返答を受けています。

 

これが“いくつになっても活躍したい・働く場を持ちたい”という人たちの意欲を失わせていることに気付いてほしい。

 

制度は人に合わせて変えていくことが大切と私は考えています。

 

本当はこの辺りを政治家が率先して訴えてほしいところですが、なかなかそうはいかず、国民の声を募っていくしかないかなと考えています。

 

ホント、雇用形態・条件を変えるということは、この超高齢社会を乗り切る上で急務なことなんですけどね☆

 

皆さんは、雇用に対してどのように考えていますか?


2019-03-22 07:46:00

訪問をありがとうございます。

 

昨日は夫と子ども達とゆっくり過ごし、ますます腑抜けになってしまっている私です。

 

当たり前に手間のかかる料理を作って家族に食べてもらい、当たり前に子ども達とコミュニケーションを取りながら彼らの成長を感じて夫に感謝する。

 

当たり前を当たり前に行えるありがたさを実感しつつ、毎日を過ごしています。

 

今年度も残すところ10日となりましたが、今月いっぱいはゆっくりしようと決めています。

 

 

 

 

さて、今日は、ものすごく高い視点の話を書かせていただきます。

 

今はテクノロジーの発達で世界中とつながることができています。

 

鎖国だ何だと「日本」という視野で考え行動していた時期から比べると、画期的ですよね。

 

そして元号の変わる今だからこそ、改めて次の日本の在り方について考えることが、とても大切だと私は考えています。

 

 

 

 

結論から書くと、個人的には、世界という視点で日本をみた時、この国にできることは「超高齢と格差社会を乗り切る術を見つけ出すこと」ができると考えています。

 

何故なら、日本という国は単一民族であり、ある意味同じ方向を向いて進みやすいことと、仏教が根底にあるため、利己的利他主義を通しやすいからです。

 

何より、インフラが整備されており社会保障があること。

 

こんな素敵な状況だからこそ、超高齢と格差社会を乗り切ることができると、私は信じています。

 

そして、この二つの課題でポジションを取ることが、今後の国の繁栄には必須だと思うのです。

 

 

 

 

これを実践するためには、当たり前のものを見直して、良いものを継承しつつ改善の必要なものは、改めて根本から考える。

 

そして、先入観や自分ブロックに捉われず、好奇心を持って行動していく。

 

私が見据えているのは20年後の社会ですが、この時に超高齢と格差についての社会課題が大半解決している状況にすること。

 

そのために、23区から成功事例を出して、その輪を拡げていきます☆


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