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訪問をありがとうございます。
昨日は秋田から友達が上京していたので、帰り際にお昼から会いました。
話が尽きず時間が足りなくて、秋に私が遊びに行くということでお別れしました。
彼女の地域の話を聞くと共に、地方は土地を上手に活用して行政が上手に地域力を引き出していることを、改めて具体的に知りました。
そして、当区は当区ならではの繋がり方があるはずで、帰りの電車の中では当区の良さについて考えていました。
さて。
今日は、土曜日に書いた続きの『利用者・家族の覚悟』について、福祉推進国のデンマークと比較しながら書かせていただきます。
デンマークと日本の一番の違いについて、デンマークでは『老い方は自分で決める』ということを一番に尊重しています。
較べると、こんな感じでしょうか。
【介護3原則から見た違い】
デンマーク 日本
1 自己決定 安心・安楽
2 生活の継続 自立支援
3 自己能力の活用 個人の尊厳
この『自己決定の尊重』部分の徹底ぶりは、ある意味すごいなと思います。
なにせ、本人が望むなら部屋が汚れていようが、アルコールが医療上禁止されていようが、現状と注意事項は説明するものの、その上で本人がそれを守らなかったとしても、『本人の自由』で誰も止めない。
そして、支援者(医療機関やヘルパーさんや職員等)は『ついで』という計画外の支援は行いません。
自由と責任のセットぶりが本当に徹底しているのです。
デンマークの『自己決定の尊重』が果たして良いものであるのかについては、何とも言えません。
ただ、様々な文献を読んでいて感じるのは、他国では『自己決定』を尊重すると同時に『責任』も自分達で負うのに対して、日本は『自己決定』は尊重するが、『責任』は支援者側が追うような雰囲気になっている点が大きく異なっていると感じています。
だから、過剰なリスク管理が生じているのではないか、と思うわけで(あくまでも私見です)。
大切なことは、これらを参考に私たち自身のケアに対する、『自己決定をどこまで支えるか?』『責任というものに対してどのように考えるか?』を考えていくことのかなぁ、と思います。
このまま日本が『ご利用者の自己決定は最大限尊重しましょう。でも、責任は事業者が負ってくださいね』という形では、本当の意味で高齢者が主体的な生活を送るのは、無理だと私は考えています。
何よりも、支援者が持たない。
本人らしさを尊重するのであれば、リスクも受け入れる覚悟も負うという大切さを、今一度、国全体で考えてほしいなぁ、と思います。
そして、覚悟(リスクの受け入れ)ができないのであれば、『その人らしさ』だけを過剰なほどに追求するのはやめてほしいと思います。
皆さんは、個人の自己決定と自己責任をどのように考えますか?
訪問をありがとうございます。
昨日は、ケアマネ職能団体で研究大会と理事会がありました。
私は、研究大会でタイムキーパーを担っていたのですが、皆さんの素晴らしい研究成果を聴く事よりも時間が気になってしまい・・・。
そして、今年も素晴らしい研究報告だったと思います。
総会では、いつもはお叱りの言葉を受けることが多いのですが、理事長が大衆を味方につけることがとても上手な方で、『皆さんで一致団結して職能団体を大きくし、ケアマネの声を挙げていきましょう』とまとめてくださいました。
そのおかげと収支の成績が良かったのとで、総会も滞りなく終わり・・・。
いやぁ、良かったです☆
さて。
個人的に一番共感し大きな学びを得たのは、研究大会の基調講演です。
介護保険にとって今年度から始まっている第7期は大きな転換期だと私は感じています。
そして、ケアマネジャーにとっても、あり方が大きく変わっているなぁとしみじみ感じました。
地域を知り、介護保険だけではなく様々な制度を把握し、本人のみでなく家族も含めて課題を把握し、必要な機関に繋ぐこと。
これが、今後ケアマネジャーが求められることなんだな、と思います。
大変な事ではありますが、『役割が増えてヤダ~』と感じるか『やりがい』と感じるかは、人それぞれだと思います。
皆さんは、役割・期待が大きくなることに対して、どのように考えますか?
訪問をありがとうございます。
今日は、飯田橋で職能団体総会があります。
8時50分集合なのですが、せっかちな私は7時半には飯田橋に着き、喫茶店でサイトを更新しようと目論んでいたら・・・喫茶店の開店が8時でした。
そんなわけで、今さらの更新となります。
さて。
個別ケアマネジメントを通して、時々感じるのは、“本当に要介護者のQOLを上げることを考えたら、必要なのは具体的な支援だけではなく『その人が活躍できる場』であって、『それを具現化するための手段を教えること(提案)』なのではないかなぁ”ということです。
当たり前だよ、と思う方が多いことでしょう。
ただ、私が言いたいのは、 『表面的なその人らしさ』とか、書類上の『安心して生活を送るための支援』とかではなく、本人が自らリスクを覚悟し取り組む『役割』と、その結果得ることができる『承認』です。
多分・・・多分ここにアプローチしない限り、本当の意味でのその人のQOLの満足を向上することは難しく、それを具現化するには、介護保険だけではなく、家族や近隣等地域住民や、インフォーマルの資源を活用しないといけません。
私は39名に対してそこまではできないので、(認知症症状のある方を除き)基本は提案しっぱなしの火だけつけて、後は本人の自主性に任せています(ひどいケアマネだ!!!)
だって、私の人生ではなく、ご利用者自身の人生だから、私は本人の真の意向を言語化して、同時にそれを解決する手段しか提案できません。
それを行うか行わないかは、本人に任せています。
なんか、こうして書くと本当にひどいケアマネですが、介護保険やその人らしさを考えた時、今一番忘れていることは『本人・家族の覚悟』だと思うのです。
正解を出して提案しても、過剰な期待とリスクに対するクレームが来る。
これ、いい加減やめませんか?と思うわけです。
そんなことをモーニングを食べながらポチポチと打っていたら、タイムアウトになってしまいました。
明日は(覚えていたら)、続きを書きます。
皆さんは、ご利用者のQOLについて、どのように考えていますか?
訪問をありがとうございます。
今週月曜日から体調が良くなかったのですが、昨日、それが一気に爆発し午前中で早退しました。
集中すると自分自身が無理をしているのかわからなくなり(自覚が無くなる)、気が付かないうちに限界を超えてしまう事があるのです。
この集中力は自分でも好きですが、余裕も必要だよな、という事を改めて感じました。
さて。
今日は、人間関係でよく使われる『信頼』というものについて書いてみたいと思います。
日本人は、他者を信頼しにくい傾向があるという本を読みました。
それは、日本人が悪い考えがあるとかではなく、そもそも日本という社会の中では『信頼というものを必要としていなかったから、信頼関係を築くのが苦手』というものです。
ムラ社会や社会保障に守られた環境が、そもそも『信頼』というものを必要としなかったからという主張。
集団主義社会というのは、本来、信頼をあまり必要としないのだそう。
集団主義社会で人々が協力し合うのも、また、裏切りや犯罪が少ないのも、『心がきれいだから』ではなく、『そう生きることが(自分にとって)得だから』なんですって。
“右へならへで取りあえず周囲に合わせていたら叩かれなくて済むから楽だよね”と考える人が多いことも理解できます。
至るところで見かけるムラ社会の『身内意識』の強さ。
あれは身内を信頼しているのではなく、お互いを監視しけん制することで安心を確保していたのね(信頼ではなく安心を仕組化していた)。
そして、安全が仕組的に確保されている環境では、“信頼”というものは必要なかった。
その信頼という感覚自体の薄い日本人に対して、どうやって“信頼社会”を構築していくか☆
人々が安心して信頼関係を構築できる環境を創れるかどうかがポイントになりそうだと思いました。
そのために、信頼社会に飛び込むにあたっての(心理的含め)リスクをどこまで減らすことができるかが大切なわけで。
スタート時にその環境をいかに創り、その後関わる“(多数の)日和見主義者”を、いかに信頼関係の思考に巻き込めるかが大切。
そんな内容の本でした。
いやぁ、本はたくさんのことを教えてくれます。
私は行動は極めて感覚的なのですが、作戦を練っている時は極めてロジカル(論理的)で、様々な論文を読んだり研究者の書籍を読み、分析することが好きです。
今回は、来年始動するサイト制作にあたって、自分の進め方の根拠を確認しようと読んだ本でしたが、間違っていなかったと確信しました。
何事も、最初が肝心☆
皆さんは、周囲の方々と『信頼関係』を築けていますか?
訪問をありがとうございます。
梅雨だなぁ~、と感じる日々ですが、皆さまはいかがお過ごしでしょうか?
私は今週より冊子制作の準備にかかり、様々な人との繋がりが増えています。
知り合いが増えるというのは、とても嬉しいです。
ただ、人の名前と顔を覚えるのがとても苦手なので、そこだけが悩ましい課題です☆
さて。
ここ数年前より健康寿命を意識している私ですが、昨日、注文していた書籍が届きました。
Amazonはとても便利で、コア(マニアック?)な本が大好きな私は、最近はもっぱらAmazon頼りです。
それで、紙袋を開けて一瞬『こんな本、注文したっけ???』となった本がありました。
中をパラパラ見て納得したのですが、なんとその本は『サブタイトルが本タイトルよりも大きい字で書いてある』のです。
ちなみに本タイトルは『「つながり」と健康格差(黒字)』です。
サブタイトルは『なぜ夫と別れても妻は変わらず健康なのか(黄緑で表紙の3分の1以上を占めている)』です。
タイトルは目を引きますが、ある意味、熟年夫婦の自宅にこの本があったら、夫婦間に緊張感が走ってしまうのではないかと、余計な心配をしてしまった私です。
それでですね。
この本は、私が今まで読んだつながりの本の中でも、群を抜いて良い本だと思いました。
『「つながり」と健康格差』~村山洋史著・ポプラ新書・800円~
何が良いって、分かりやすいのです。
きちんとエビデンス(根拠)に則って書かれているのですが、例え話がとにかく分かりやすい。
そして、あるべき論ではなく、“緩いつながりを持つことが大切だよ”ということが書かれています。
数年前から孤独については社会問題になっています。
孤独のもたらす弊害は大きく、若い世代では自殺や鬱等の疾病を発症するリスクが高まっている他、高齢者では健康害になっています(不規則・不活性な生活、認知症リスクを高める、鬱、等)。
少し、周囲を見回して、誰かと繋がれば良いだけなのですが、なかなかその一歩が踏み出せないという方は、多くおられます。
地域のそういう方々を少しでも減らして、お互いが幸せに感じる程度の緩い関係性の構築を行うのが、私が勝手に自負しているミッションです。
そのために冊子やサイト制作に励んでいます。
当区は、知らない人でも困っている人がいたら『どうしたの?』『あらあら大変ね』と声をかけてくれる地域の方がたくさんいます。
この優しさを次の世代にも引き継げるように少しでも貢献出来たら良いなぁ~、と思います。
ちょっとの優しさをたくさん集めて、住みやすい地域をつくる。
そんな姿を想像しては、ニヤニヤしている私です。
そして、様々な人に聞かれる質問があります。
『加藤は何で江東区に住んでいないのに、そんなに江東区に力を入れるの?』
いや、私も当区に住めるものなら住みたいです。
地 代 が 高 く て 家 族 5 人 の ス ペ ー ス を 確 保 で き る 家 賃 は 払 え な か っ た だ け で す 。
そのため、子ども達が自立して夫婦二人になったら当区に移ろうね、とは夫と話しています。
というわけで、今は無理ですがいつか当区に住む、と公言している私です☆
その時は、生温かく迎え入れてくださいませ。