ごあいさつ

人格共存とは?

【 人格共存とは? 】

 

 

「人格共存」とは、Hydeが提唱する人格解離者の生き方です。自分の人格が解離していることを認め、理解し、自分の中の人格達と共に生きて行く方法です。そうすることで社会生活を送りやすくなったり、友好的な人間関係が作りやすくなったりします。

 

病院で人格解離(解離性同一性障害)と診断されると、ほとんどの医師は「人格統合」という治療法を勧めてきます。バラバラになった人格を統合して1つにするという方法ですが、人格解離者の中には「人格統合」という治療に恐怖を感じる人もいます。

 

そのような方には「人格統合」ではなく、「人格共存」という方法を勧めています。 

 

 

「人格統合」と「人格共存」の違いとは何か、説明したいと思います。

 

 

 

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人格統合を「怖い」と感じる解離者もいる 】

 

 

人格統合とは簡単に言うと、バラバラに分かれた人格を1つにするという治療法です。しかし人格解離者の中には「人格統合」という治療に恐怖を感じる人もいます。

 

解離は元々、その人の心を守る「防御能力」から生まれたものですから、人格統合によって心を防御する手段を奪われると考えるからです。 

 

また、人格解離者にとって自分の中の人格達は、それぞれの意思と価値観をもった自分の中に住む別の人間です(周りから見てそう思わなくても、解離者自身はそう思い込んでいます)。だから自分とは別の人間と「さぁ、今から1つになりましょう」なんて言われても、解離者はすぐには納得いかないし、不安になることなのです。

 

僕も同じでした。「人格統合」と言われると、まるで複数の人間をミキサーにかけて、1つの肉団子にするような、そんな恐ろしいイメージをもっていました。

 

多くの人達は「1つの体に1つの人格、それが当たり前じゃないか」と言います。しかし1つの体に複数の人格をもつことで生きてきた人格解離者達は、1つの体に1つの人格で生きていくことの方が不安なのです。

 

 

 

【 何故、人格統合に恐怖を感じるのか? 】

 

 

それを理解するには、人格解離者は「どうして解離を起こしたのか?」という、根本的な理由から知る必要があります。

 

人格解離者が何故、解離したかというと、人生の中で耐えられないほどの苦痛体験をしたというのがほとんどの理由です。

 

家庭内暴力、性的虐待、暴力虐待、学校でのイジメ、性的暴行を受けた、愛する人の死…など、本人の精神が耐えられないほどの苦痛、悲しさ、理不尽感などの精神ストレスにより、「もうこんな人生は耐えられない」「私は私でいたくない」という気持ちから人格は解離します。

 

自分とは別の人格を生み出せば、自分は自分でなくなれます。例えば「レイプされた自分」は、自分とは違う人格を生み出せば「レイプされなかった自分」になれます。「自殺したい」と思う絶望的な自分は、別人格を生み出せば、「自殺なんて考えない、前向きな自分」になることもできます。

 

人格解離は元々は「防御能力」なのです。そうすることで一時的に自分の不幸体験から免れることができ、自殺などの最悪の事態を回避できたりします。

 

人格解離は元々は病気ではなく防御能力であり、いわば自分が「生き伸びる手段」とも言えるのです。

 

人格解離者が人格統合がどうして怖いと感じるか。それはその「生き延びる手段」を奪われると感じるからです。今まで人格を解離する(不幸体験や恐怖の記憶を切り離す)という方法でなんとか生きてきたのに、その手段を奪われるなんて、死を宣告されるようなものだからです。

 

ですから本人の意思を無視して無理やり人格統合を勧めようとすると、人格解離者は余計に心を閉ざしてしまいます。最悪、新たな解離を引き起こし兼ねません。なので「人格統合」という治療を進めるのであれば、本人の心のケアを十分に行い、慎重にする必要があります。

 

 

 

 

【 Hydeが考える「人格共存」とは 】

 

 

多くの医師は「人格が複数ある」ということを「異常」と受けとらえ、そこを治療しようとするのですが、僕は人格が解離したことよりも、「つつがなく社会生活を送れること」が重要であると考えています。

 

誰だって二面性というものがあり、善だけで生きている人や、悪だけで生きている人はいません。解離者にとって解離は生き延びる手段だったわけですから、そこはソッとしておいたまま、つつがなく生活するためにはどうしたらいいか?という部分に焦点を当てたのが「人格共存」という考え方です。

 

人格解離者の何が自分を苦しめるのか。それは自己コントロールができない」という所です。自己コントールができないから、友好な人間関係が作れなかったり、社会生活がしにくくなったりします。そしてそんな自分を「生きる価値がない」と責めるのです。そこがツラいのです。

 

人格解離者(解離性同一性障害者)は、どうして「障害」という名前がつくかと言うと、自分の中に複数の人格がいて、それをコントロールできないことで責任能力が低下するからです。人格解離者はコントロールできない自分の発言や行動で恥ずかしい思いをしたり、無責任と思われる行動をしてしまいます。別人格がした時の記憶を失ってしまったり、周りの人に迷惑をかけて、家族や友人や職場の人から信頼を失います。そこに問題があると思っています。

  

「人格を1つに統合すること」も、それを改善する手段の1つではあります。しかし僕は統合以外でも、その状況が改善される方法があると考えます。それが「人格共存」という考え方なのです。中の人格と共存することで、自分の発言や行動をコントロールしたり、記憶を共有できるのであれば、人格が解離したままでも、友好的な人間関係を作ったり、社会生活が送れるようになると思うのです。要は周りの人に不信感を抱かれず、自分が一番心地よい方法で生きられればいい、それが僕の考え方です。

 

「人格統合」という治療法に不安や恐怖感がある方には、僕は「人格共存」という方法を勧めています。

 

 

 

 

 【 人格共存の方法 】

 

自分の中の人格は「自分自身の一部」です。中の人格を認め、大切にするということは、「自分自身を認め大切にする」ということです。本人が自分という生命の尊さに気づけば、必ず自分をコントロールできるようになっていきます。人格共存のためにはおおよそ以下の手順が必要になります。

 

(1) 中の人格達の数や性格を把握する

 ↓

(2) 中の人格に感謝の言葉をかける

 

(3) 中の人格達の望みをできるだけ聞いてあげる

 

(4) 中の人格とルールを作る

 

(5) 中の人格と記憶の共有をする 

 

時々、「人格共存のためには、中の人格達と仲良くすることが必要」ととらえる人がいるのですが、そうではありません。もちろん仲良くできればいいのですが、元々人格解離とは、自分であることがツラくて解離するので、仲良くできないことの方が多いのです。「仲良くすること」ではなく「住み分けすること」が必要となります。この辺り、よくわからないという方はご相談頂ければと思います。

 

 

 

 

 

 【 人格共存が向かない人 】

 

・入退院を繰り返していたり、犯罪歴があるような重症者には、人格共存という方法は難しいです。

 

・通院していたり、医療ソーシャルワーカーさんの支援を受けていたり、ソーシャルスキルトレーニングを行なっておられる方は、それらに支えられながら人格共存という考え方を取り入れることは可能です。 しかしかかりつけのお医者さんやワーカーさんが、人格共存という形に反対していたり、理解がない場合は、「統合」という形が良いか「共存」という形が良いかを、ご自身で考える必要があるでしょう。

 

 

 

 

 【 個別に合ったアドバイス 】

 

 

「人格共存」の具体的な考え方ややり方については、対面式の相談「人格解離の相談」、もしくは電話メールでもお答えしております。人格解離者さんの人格の数や状況は人によって違いますから、それぞれの現状をお聞きしてアドバイスをしております。時には交代した人格さんとお話をさせて頂いたり、複数の人格さんからお話を聞くこともございます。その人の心のどこが傷ついておられるのか、本当は何を求めてらっしゃるのかなどを感じ取り、アドバイスをさせて頂くことで、精神状態が落ち着いたり、望まぬ人格交代を少なくすることができます。日本全国の人格解離者さんから相談を受けており「自分だけじゃないと安心した」「前向きな気持ちになれた」と好評を頂いております。よろしければご活用下さい。 

 

 

 

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( 最終更新日 2019年7月7日 )